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第43回「小説でもどうぞ」佳作 消えちゃいたいほど恥ずかしい 朝倉亜空

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第43回結果発表
課 題

依存

※応募数367編
消えちゃいたいほど恥ずかしい 
朝倉亜空

 私、今、お金持ってない。
 けど、私、今、小洒落た洋風レストランで一人高級ステーキを食べている。お金ゼロ円なのに。すました顔で女の一人メシ。
 で、美味しく食べ終わった私、ゆっくりと立ち上がり、トイレに向かって歩いていく。
 個室に入り、着ているものすべてを脱ぎだした。下着一枚残さずにすべてね。
 それらを洋服のポケットに忍ばせておいた黒いごみ袋に詰め込んで、個室から外に出て、トイレ室の洗面所の下にあるごみ箱に捨てた。靴も脱ぎ、それも捨てた。完全に素っ裸の私。洗面所の上部に設置されている鏡の中にはそんな私が映っていない。
 そう、私は今、透明人間になったのだ。
 私はそうっとトイレのドアを開けて、店内に戻り、歩き回っているウエイターやお客にぶつからないように気を付けながら、まっすぐ出入口扉に向かって歩いて行った。誰にも気づかれず、会計レジ前も素通りし、扉を開けて、外に出た。ハイ、食い逃げ成功! 
 そのまま繁華街の大通りを進み、くしゃみをしないように注意し、通行人をうまくかわして駅に向かい、無賃乗車で帰宅した。
 自宅ポストに入れていたドアキーを取り出し、開錠し、玄関内に入る。と、みるみる私の身体が実体化して見えてきた。帰宅した気のゆるみからか、大きくハクショーン、とくしゃみが出た。長時間の素っ裸はさすがにちょっと寒い。風邪をひく前にさっさと服を着なくっちゃ。
 透明化という私の特技に初めて気づいたのは、五年ほど前だ。一人で温泉旅行に行った私は、女湯だと勘違いし、男湯の露天風呂に入ってしまった。
 私以外、まだ先客のいない天然温泉を独り占めで気持ちよく満喫していた。十分、身体も温まり、さあ、上がろうとしたとき、ガラガラガラーと湯殿の扉が開き、いきなり七、八人の男性客が入って来たのだ。男湯と間違えたことに気づいても、もう遅い。私は咄嗟に湯舟の壁側の一角に身を寄せ、男性客に背を向ける格好で身体を小さく丸めた。誰にも気づかれませんようにと念じつつも、どんどん身体がゆだっていき、それにつれて息が荒く、苦しくなっていった。ここの男性客全員が湯殿を出ていくまでじっと我慢しなくちゃいけないの? そんなの絶対に無理ぃ!
 遂に限界、意を決した私はざばあんと立ち上がり、脱衣所へ向かって走り出した。裸でのぼせて失神するは一生の恥、裸で走るは一時の恥だ。
 その時の私は、のぼせと恥ずかしさの極みでゆでだこの百倍、真っ赤な顔をしていたはず。でも、実際は違った。透明。
 まず、最初の異変に気付いたのは、私の一番近くで湯舟につかっていたオジサン。
「わっ、急にザブンと大波が立ったぞ! 何かの仕掛けかぁ?」
 私がお湯の中を走っていると、
「バシャバシャと小波が揺れているんだが……、なんだこれ」
 その時、オジサンには波立つ水面しか見えていないようだったし、他の男の人も誰一人、私に注目していなかったわ。
 私自身、走りながら自分の手足を見たんだけど、それが見えなかった。それで、今、私は透明人間になったんだって気づいちゃった。
 思うに、こんな恥ずかしい姿、誰にも見られたくない! かっこ悪すぎてこの場からすぐにも消え去りたい!って強烈に意識すると、私の身体が見えなくなるんだってことなんだと思う。多分ね。
 それからの私は前述の通り、この特殊能力を存分に生かして、日々を有意義に過ごしているのよ。
 評判の宝石店に全裸で入店し、まずは手当たり次第に貴金属類を掴んでは投げ、を繰り返し、
「きゃー、ポルターガイスト現象よー!」
「このお店、幽霊に祟られてるんだわー!」
 なんて大声を出すと、スタッフもお客さんもみんな怖がって、お店の外に出ていってしまうから、それからゆっくりと欲しいものを手に持って、堂々とお店を出ていくの。周りの人にはいくつかの宝石がフワフワと空中を浮いて移動しているように見えるってわけね。可哀そうにそのお店、お化けに祟られた不吉な宝石屋って悪評が立ち、その後さっさとつぶれちゃった。
 さらに六店舗、宝石店が同じ要領でこの世から消えてなくなりましたとさ。まあ、私だって時々、消えてなくなるんだから、おあいこさまよね、ね?
 女は美味しいものと綺麗に輝く高価な小石には本能的に弱いものなの。いくらあってもいくらでも欲しいのよ。面の皮が厚かましい、なんて言うのは野暮よ。
 それに、誰だってこんな能力を持っていれば、安易に依存して、わざわざお金をためて、ものを買おうなんて思わなくなるってば。
 そういうわけで、今日も私は一番人気のフランス料理店でフルコースディナーを楽しんでいる。もちろん、お金、なし。
 満腹し、満足した私はいつものようにトイレ個室で一糸纏わぬ姿になり、店舗内に戻った。裸足の足で注意深く出入り口まで歩いていく。扉を開けて、出ようとした時、
「オ、オイッ! 食い逃げする気か、このド変態オンナが!」
 レジの店員が大声を上げ、血相を変えて私に近づいてきた。私の腕を強く捕まえて、「誰か、警察を呼んでくれー」と叫ぶ。
 店内のすべての人と店正面の歩行者の好奇と侮蔑の視線が、全身素っ裸で突っ立っている私に突き刺さっていた。
 私は気づいた。
 何度も無銭飲食や窃盗を繰り返すうちに、いつの間にか私はとんでもない厚顔無恥な人間になってしまっていたことを。
 今の私はただのスッポンポンの恥知らずだった。
(了)