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第43回「小説でもどうぞ」選外佳作 カタミ 榊原順

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第43回結果発表
課 題

依存

※応募数367編
選外佳作 

カタミ 
榊󠄀原順

 提示された金額は、12万だった。その時点で予想を遥かに上回っていたが、「15万くらいにならないですかね?」と金額を盛ってみることにした。
「ええ、修理も必要でして、これ以上は。気持ち程度ですが、12万5千でどうでしょう?」
 とロン毛の痩せた店員が言った。
「わかりました。それで大丈夫です」
 と俺は納得した。というか、金額的には大満足だった。三、四万にしかならないと思っていたギブソンのレスポールが、その三倍以上で売れたのだ。正月早々、四十を過ぎたおっさんにお年玉とは、まったくもってありがたい。
 俺は金を受け取り、楽器屋を出た。駅前の雑踏をすり抜け、店へと急いだ。時計を見ると昼の十二時を回っていた。急ぐ必要もないのだが。腹は減っていたが、そんなことは無視した。飯の代わりに俺はポケットから宝焼酎を取り出し、体内へ流し込んだ。喉がカッとなるこの感覚が不快だ。ストレートで飲んでいるから、アルコールをダイレクトに感じる羽目にもなる。俺はアル中なのか?と日々己に問いかけてはいるが、その答えを避けている気もする。長丁場の勝負の前にはこれをしなきゃダメなんだ。恐怖心を和らげる方法は他にはない。この掃き溜めのような、中国語しか聞こえてこないこの街で生きるには酒がいるのだ。
 大通りの横断歩道を渡り、ドン・キホーテとマツキヨの間の狭い路地を抜けると、聖地『パラダイス』が青い空の下鎮座していた。神聖さの欠片もないが、ここで何度神頼みをしたかわからない。
 俺は一礼もせず入り口をかいくぐると、一目散にお目当ての台へと向かった。爆音のBGMと、ガチャガチャと飛び跳ねる無数の玉の騒音が相まって、俺の脳みそを麻痺させているのか。なんてことはまるでなく、ただ耳障りなだけだ。
 エスカレーターで二階に辿り着くと、フロア一帯は稼働した台で埋め尽くされていた。想像はしていたが、新年早々から打ちに来る、この大勢のクズどもを目の当たりにすると流石に引いた。
「他にやることねぇのかよ、このクズが」
 と俺は自分のことは棚に上げ、心の中で呟いた。声に出してもよかったのかもしれない。どうせ聞こえないのだから。
 お目当てのエヴァンゲリオンのシマは、客で埋め尽くされていた。ざっと五十台は並んでいるのだろうか、そのほとんどにクズが右手か左手を伸ばし座っている。クズじゃない人間もいるのだろうが、大半は借金をして打っている人間なはずだ。もちろん俺もその一人だから気持ちはよくわかる。中毒者のお陰でこの店が成り立っていると思うと恐ろしいが、それが世界のカラクリだ。
 シマの中をきょろきょろと歩いていると、運よく空き台を発見した。大当たり0回の1000回転以上ハマってるクソ台だ。普段なら絶対に手は出さないが、選択肢はない。俺は直ぐに台を確保した。右隣りは終始貧乏ゆすりをしている若造、左は確変中の中年のデブだ。俺はしばらくの間貧乏ゆすりとデブに挟まれて遊戯するわけだ。それなりのストレスを抱えた勝負になることを俺は覚悟した。
 台に休憩札と私物を置き、俺は喫煙所へ移動した。勝負の前の一服はマストだ。心を落ち着かせなきゃならない。俺はポケットから煙草を取り出し火をつけた。呼吸を整えるように煙を吐き出していると、貼り紙の文言が視界に入った。よく見かけるやつだ。
『パチンコ、パチスロ依存は誰にでも起こりうる問題です。一人で悩まずお電話下さい。050……』
『パチンコ、パチスロは適度に楽しむ遊びです』
 これを見たところでどうしろと言うのか? そもそも一人で悩んでないし、適度に楽しむ、の意味がわからない。極限を楽しむのがギャンブルだ。極限を知らずに快楽は得られない。
 俺は喫煙所に誰もいないのをいいことに、残りの宝焼酎を体内にぶち込んだ。まだ酒が回ってもいないのに、恐怖心がスッと消えて行くのがわかった。
 勝負からは「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」。
 まぁ、酒に逃げているが。俺は煙草の火を揉み消すと、そそくさと確保した台へ向かった。
 店を出たのは二十二時過ぎだった。俺は直ぐにコンビニで酒を買い、一瞬でかっ喰らった。
 八万の負けだ。この夜の凍えるような寒さが精神的ダメージを増幅させた。額だけの問題じゃない。俺は、死んだ父親の形見であったギターを売ってパチンコをしたとんでもないクズ野郎だ。俺はそういう人間なんだ。ギャンブルが俺をそうさせたのかもしれないが、ハマった俺のせいだ。
 しょぼくれて家路を歩いていると、東口と西口を繋ぐおもちゃのようなトンネルに差し掛かった。トンネルの上には山手線が走っていて、これを西口方面に抜けて右へ直進すると自宅へと辿り着く。
 トンネルを歩いているとふと記憶がフラッシュバックした。
「そう言えば昔役者をやっていて、このトンネルも撮影で使わせてもらったっけ。無許可だったけど」
 十数年前の話だ。このおもちゃのトンネルを駆け抜ける若かりし頃の自分を思い出した。
 それが、今じゃこれだ。あの頃の自分は本当にどこかへ駆け抜けて行ってしまった。
 俺はポケットの中を弄り、所持金を確かめた。
「4万3千かぁ」
 反響する中国語が耳をつんざいた。トンネルを行き交う人間が皆中国人に思えた。この街はきっと中国人に買われたんだ。だとしても俺には関係ない。俺の心はギャンブルに買われた。だから明日も行くのだろう、希望を握りしめて。
(了)