第43回「小説でもどうぞ」選外佳作 そらちゃんとあたし 海老原葉冷


第43回結果発表
課 題
依存
※応募数367編
選外佳作
そらちゃんとあたし 海老原葉冷
そらちゃんとあたし 海老原葉冷
離れた次の瞬間にはもう会いたい。
そらちゃん、と心の中で唱えてみる。唱えることでどんどん寂しさが募るのにやめられない。ついさっきまで一緒にいたのが嘘みたいだ。そらちゃんと過ごす時間はあっという間で、いつもあたしはそのあとで、大好物をひとくちで食べ終えちゃったみたいな気分になる。あの幸せなひとときは、もっとよく噛み締めて味わうべきだった。もったいないもったいない。
いっそ、そらちゃんとあたしを縫いつけてしまえたらと何度思ったことか。そらちゃんの邪魔にはなりたくないから、あたしは頭だけでよい。ずっと一緒にいられるのなら、体なんてちょん切ってもらってかまわない。
あたしの知らないところで、そらちゃんが誰かと笑ったり楽しそうにしている場面を想像するだけで胸が締めつけられる。そらちゃんにはそらちゃんのライフがあるってことはわかっているけれど、嫌なものはいやだ。
はーあ。
そらちゃんがそばにいないと、どんどん気だるくなってきてしまう。省エネモードって感じ。何をするのも億劫だし、ベッドの上でうだうだしたり、壁や天井を見つめたままじっとしてることなんてしょっちゅう。心も体も、そらちゃんがいないと上手に働いてくれないのだ。まあその性質はあたしにとって、自慢でもあるわけなんだけど。
あたしは寝そべって、そらちゃんの好きなものをできるだけ無作為に思い浮かべてゆくという、最近お気に入りの遊びに興じることにした。梨でしょ、ソリティアでしょ、放送事故の動画集でしょ……。
いつの間にか眠ってしまったようだった。あたしは物音で目を覚ました。物音は、玄関の方で鳴っている。
そらちゃんが帰ってきたんだっ。
すっとんでお出迎えにゆくと、ドアがこちらを焦らすかのようにゆっくりと開いて、愛すべきそらちゃんの姿が現れた。
「ミーファ、ただいまあ」
やあおかえりなさいおかえりなさいちょっと今日は遅かったのでは。仰向けに寝そべると、そらちゃんが胸元を優しく撫でてくれる。あ、指が冷たい。外寒いのね。今日のライフはどうだった。お疲れ様でした。ゆっくりしましょうそれから遊びましょう。ああ心が満たされてゆく。体じゅうに力がみなぎってゆく。本番開始です。そらちゃんそらちゃんそらちゃ……。
「うわあ、可愛い。初めまして」
は? どちらさん?
そらちゃんのあとから、知らないひとが玄関に入ってきた。ちょっと前髪長めの軽薄そうな男。宅配のお兄さんじゃないよね。不審者? 噛みついた方がいいのかな。どうなっているのかな。
そらちゃんの顔をうかがってみても、にこにこと微笑むばかり。いつもよりお化粧が濃い。そういえば、今日は出かける前にずいぶんと入念な準備をしていた。そのせいで、あたしはあまりかまってもらえなかったのだ。
「よし、おいでおいで」
あろうことか、男がおもむろに手を伸ばしてきやがったので、あたしは後ずさって思い切り鼻を鳴らしてやった。距離感をわかっていないヤツって、一番ダメだから。
ふんっ。ふんふんっ。
「こらミーファ。あたしの大切な人なんだから、もっと仲良くしなさい」
叱られた途端、この男のひととなんとしてでも仲良くならなくてはいけないような気になってくるから不思議だ。そらちゃんの言葉には魔法がかけられているのだ。あたしはおそるおそる、さしだされた男のひとの指をひと舐めしてみる。ものすごく素敵な味がした。いい香りだし、よく見れば長い前髪はセクシーだし、瞳だって嘘みたいに澄み切っていて、とにかくすべてが好ましく思えてくる。このお兄さんなら、そらちゃんの次くらいに好きになれるかもしれない。なんだかドキドキしてきた。
ごめんなさいお客人なんてはじめてなので取り乱してしまって。あたしはお詫びにお兄さんの指をぺろぺろと舐めたくった。
「可愛いなあ。珍しい柄だけど、なんていう種類なの」
「ふふ。この子、実はアニマロイドなのよ」
「ええっ。今のやつってこんなに精巧なんだ。本物とまるで見分けがつかないね」
「でしょ。ちょっと高かったけど、最新式のにしたんだ。すっごくお利口さんだし全身全霊で愛してくれるの。もう可愛くて可愛くて、ちょっと依存しちゃってるぐらい」
「へえ。すごいなオマエ、優秀なんだなあ」
いや、めちゃくちゃ初耳なんですけど。
ちょっとフリーズしちゃったけれど、頭をぶるんぶるんと振ることで、あたしはすぐに気を取り直した。ま、アニマロイドだか最新式だかなんだか知らないけどあたしはあたしだし、そらちゃんと、このお兄さんのことが好きな気持ちは確かにここにあるもの。まやかしではないもの。
……それでも。
やっぱりほんのちょっとだけはショックだから、今の話は聞かなかったことにしようと思う。今後のライフに支障があってもいけないし、「存在」とかそういうしちめんどくさいのは、あたしが考えるべきことではないから。
19・23・41カラ19・24・16マデノメモリーヲ、サクジョシマシタ。
リビングへ向かう好ましいふたりの後ろ姿を、あたしは慌てて追いかけてゆく。
(了)