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第43回「小説でもどうぞ」選外佳作 闘犬 いちはじめ

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小説でもどうぞ
第43回結果発表
課 題

依存

※応募数367編
選外佳作 

闘犬 
いちはじめ

 罪人の首が血しぶきと共に跳ねとんだ瞬間、集まった群衆から『おおう』というどよめきが上がった。
 この処刑の一部始終を壇上で見届けた王は、おもむろに玉座から腰を上げると民衆に向かって片手を上げた。
「官でありながら、私利私欲におぼれ私腹を肥やした罪人は、ここに裁かれた」
 大歓声が上がり、更に熱狂した民衆は「国王万歳」と叫び続けた。
 専制的な政治が行われているこの国では、絶えず民衆の不平不満が沸き上がっており、それをどう抑えるかが喫緊の課題だった。そしてその手だてとして、このような公開処刑がたびたび行われていた。
 王宮に戻る輿の中で王はため息をついた。
 ――こんなものは欺瞞だ。何か抜本的な策を講じなければ……。
 頼る家臣もいない中、頭を悩ませていた王は一人の老人を呼び出した。
 その老人は元宰相だ。以前に王の執政に異を唱えたため、あらぬ罪をかぶせられ投獄されていたのだ。そして次の処刑対象は彼だろうと噂されていた。
 みすぼらしい姿でひざまずかされた老人に王は問うた。
「なぜ呼ばれたと思う」
「私の処刑ごときで民衆の不満を解消できるとでも?」
「その通りだ。だからこそ、お前に生き延びる機会を与えてやる」
「……それを解消する手立てを考えよ、と申されるのか」
 王は傲慢な笑みを浮かべて頷いた。
 老人は目を閉じたまましばらくその問いに答えなかった。焦れた獄卒が老人を槍の柄で小突こうとした時だった。
「いいでしょう」
 そうして老人は、民衆の不平不満を解消する策を立てることになった。
 元はと言えば王の圧政が原因である。それを止め、善政を敷けばいいのだが、王にそのような進言をしても無駄なことは、老人が身をもって経験していた。またこのことについて、他の官吏達は一切関わろうとはしなかった。もし王の望みに反したら身がいくつあっても足りないからだ。だが老人にはその方が気楽でありがたかった。
 半年あまりが過ぎても何の進展もなかった。老人はただ延命をしているにすぎないとの噂が立ち始めた頃、ようやく王にその手立てが奉呈された。
 その中身は、民衆の不平不満を解消するものとして、彼らが熱狂する何らかの娯楽を与えるというものだった。
 老人が再び王の前に引き出された。
「これはなかなかの妙案ではないか」
「恐れ入ります。この国には娯楽らしい娯楽はないので、この策を思いつきました」
「ではどのような娯楽が良いか」
「人が行うものは下手をすると民衆から英雄が生まれる恐れがあり、人が関わらないものがよろしいかと」
「ならば何が良いのか」
「闘犬がよろしいかと存じます。東の島国では犬と犬を闘わせる闘犬というものに民衆が熱狂していると聞きます」
「そうか、ではその闘犬とやらを広めるがよい」
 こうしてこの国に導入された闘犬は瞬く間に国中に広がった。登録すれば、自分の犬を大会に出場させ、結果に応じた賞金を得ることができるうえ、その勝敗に関する賭博を国が運営したことから、あちこちに闘犬場が開き、民衆はこぞってこれに熱中した。
 その効果はてき面だった。民衆の不平不満はその熱狂に四散し、強制的な使役や増税を行っても大きな不平が出ることはなかった。
 王もこれには大満足で、老人に恩赦と大金を与えた。
 その後、老人はしばらく王宮から姿を消していたが、ある日大きな犬を連れて戻ってきた。
「王のために一番強い闘犬を探してまいりました。こやつにかなう犬はおりますまい。お納めくだされば王の威光は更に増すことでしょう」
「おおう、強そうな闘犬じゃ」
 王は大いに喜び、目を輝かせながらその犬を受け取った。
 そしてその犬は、老人の言う通り闘犬で決して負けることはなかった。
 こうして老人の施策は功を奏し国内は安定したかに思えた。
 だが、それは嵐の前の静けさというべきものだった。
 王の闘犬があっけなく死んだのが事の発端だった。その後国内の犬達に奇妙な病気が流行りだしたのだ。体が痙攣し、最後は口から泡を吹いて死んでしまう奇病だった。最初は人や他の家畜には移らないことから、人々の関心を呼ばなかったのだが、そのうちに国中の犬がバタバタと倒れていった。そして闘犬どころではなくなり、ついには全ての闘犬場が閉鎖されてしまった。
 王はその原因を探らせていたが、事態の深刻さにまだ気づいていなかった。
「王様大変です。西の地方で暴動が発生し、それが拡大しています」
「なんだと、軍を送り平定しろ」
 それ以後も次々と各地の暴動や反乱の知らせが届き、王宮は大混乱に陥った。
 苦渋の表情で指示を飛ばす王の前にあの老人が姿を現した。
「王様、私はこの時を待っておりました」
「何、これはお前が仕組んだことなのか」
 老人は民衆を闘犬に強度に依存させ、それを突然消滅させることで民衆の不満を一気に暴発させたのだ。
「ええ。まあ奇病の種を探すのには苦労しましたがね」
 王は無言で傍らに備えた太刀を抜いた。
「ここにもすぐに暴徒が押し寄せることでしょう」
 剣戟の響きと血の匂いを帯びた煙が、王の間を満たすのにそれほどの時間はかからなかった。
(了)