第43回「小説でもどうぞ」選外佳作 クレーンゲームでとりたいもの 阿部ゆうき


第43回結果発表
課 題
依存
※応募数367編
選外佳作
クレーンゲームでとりたいもの 阿部ゆうき
クレーンゲームでとりたいもの 阿部ゆうき
「あ~! また落ちた!」
弱っちい力のアームからこぼれ落ちた巨大なウサギの人形が、目の前で力なく横たわっている。見てくればかり強そうなアームがバカにしたように出口の上で揺れている。これで今日はちょうど二千円すった。財布に百円玉がなかったので千円札を二回崩したから確かだ。二十回の死闘は敗北に終わった。
「山下さん、今日もだめやったかね」
友達の田中さんだ。
「だーめだめ、全然だめ」
このゲームセンターに時折集まる定年退職集団の仲間入りをしたのは最近のことだ。ゲームセンター、
「ばあば、あれとって」
孫が指さす方を見ると、目の前には三十センチ程の選ばれし猿の人形が二体座っている。その後方には早く席を空けろと言わんばかりぎゅうぎゅうに詰められて並んでいる同じ面の猿たちがいる。
孫は鼻先を壁にくっつけて猿を眺めている。その姿のなんと可愛らしくいじらしいこと。すると、やったー!という声が聞こえ奥の台で人形が見事に宙に浮き、出口へと吸い込まれていく瞬間が目に入った。
これくらい私にもできるかもしれない。
わずかなの期待が心に灯る。私が百円を手にすると、
「ばあば取ってくれるの! ありがとう~!」
と、潤んだ瞳を私に向けて喜んだ。
それらしくアームを操作してみると、見事に猿の頭上目がけてアームが降りて来た。
なんだ、簡単じゃない。
そう思った瞬間、アームは急に力を失ったかのように猿の輪郭を撫でただけで、元の位置へと帰っていった。
「ばあば、がんばって! ぜったいとってよね!」
膨れっ面の孫はそれでもかわいい、この壁の向こうに鎮座する猿の人形のどこがかわいいのか全く理解できないが、孫が欲しいものをなんとしても取ってやりたいと思った。
悔しい。
私は血眼になり百円玉を投入し続けた。もう逃げられない、絶対に取るまで帰らない! 私は無我夢中になってアームと猿を睨み続けた。そして何十回目かの挑戦で、奇跡的にタグの紐にアームが引っかかり、猿は宙に浮いて出口から転がり落ちてきた。
「ばあばすごーい! すごーい!」
孫は猿の人形を握りしめ、大きな瞳をさらに大きくさせて喜んだ。孫が喜んでくれてとても嬉しく誇らしかった、そして取れた瞬間の高揚感が忘れられなかった。いくら注ぎ込んだか、そんなのどうでもよいくらい、勝ち誇った気分になった。
それ以降、私はことあるごとにゲーセンへと足を運び、孫へのプレゼントと称してユーフォーキャッチャーに興じている。家に帰ればなぜ今日は取れなかったのか、アームの力は、位置は、タイミングはどうだったのかを考える。考えたって答えは出ないのだが、考えていると寝る頃には、次こそは取れる気がする、という謎の自信が沸いてくるから不思議だ。そして同時に笑顔の孫の顔が思い浮かぶのだ。
「ばあば、まだあ?」
巨大なウサギの人形が欲しいとせがんできた張本人がやって来る。
「それがねえ、みこちゃん、これなかなか難しいわ」
アームであちこちへ移動させられた巨大ウサギは片耳を出口に引っ掛けて宙を仰いでいる。取れるものなら取ってみな、と煽っているように見えた。
「えー、おねがい、みこ、これぜったいほしいのよ」
潤んだ孫の目を見るや否や気づけば千円札を両替していた。絶対に取れるまで帰るものか!と意気込む。
私の意気込みとは裏腹に、力なきアームは面倒くさそうにウサギをつっついては戻って来る。ウサギにそろそろ諦めなよ、と言われている気がした。ただ、もう少しやれば取れそうな気がする。そうやって取って来たし、そうやって取れずにも来た。
「まだやるのお山下さん、依存症だねこりゃあ」
田中さんが横でにたにた笑っている。
「そんなことないわよ」
私はさらに百円を入れ、鼻息荒く反論して見せる。いや、でもそろそろやめないと流石にまずいかなあと財布にある残りの千円札を見て思う。
「ばあば、がんばれー!」
と横からの黄色い声援で我に帰り一瞬の迷いを消していく。そうだ! 取らねば!
「ちがうわよお」田中さんがアームの行く末を見つめながら言う。「山下さんは、クレーンゲーム依存、じゃなくて、孫依存なのよお」と。
(了)