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第43回「小説でもどうぞ」選外佳作 ゾンビ 藤白ゆき

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第43回結果発表
課 題

依存

※応募数367編
選外佳作 

ゾンビ 
藤白ゆき

「あれ?」
 スマホで玄関ドアのロックを解錠しようとしたら、いつの間にか充電が切れていた。
 霧江想は内心で舌打ちする。
 仕方ない、近所のコンビニで電池式モバイルバッテッリーでも買うか。
 しかし、いつもスマホで決済しているので今現金を持っていないことにすぐに気付いた。
 しかし、家から最も近い無料充電スポットを探したくてもスマホが使えない今、検索も出来ない。
 かといって鍵開け業者に頼むにしても、そもそも今依頼の電話自体がかけられないし、番号も調べられず、身分証の提示も出来ない。 
 実家は遠いし、友だちや親しい同僚の電話番号はスマホの連絡先に入っているので憶えていない。だから電話をかけられるとしたら唯一番号を憶えている実家だけだった。
 交番で電話か電話代を借りられると誰かに聞いたことがあったので、一番近くの交番に行ってみたが、あいにく巡査は警邏けいら中で不在だった。そもそも近くに公衆電話もないのだ。
 しかしこのままでは家に入ることも出来ず、モバイルSuicaなので友だちの家までバスや電車などの交通機関を使って行くことも、ネカフェやビジホなどの宿泊施設も利用出来ない。コンビニや自販機でジュース一本さえ買えやしないのだ。それに明日の朝会社に通勤する手段がない。歩いて行くには距離があり過ぎる。それに朝まで公園のベンチで夜明かしするのも真っ平御免だった。他にも会社まで着払いでタクシーで行き、同僚から金を借りるという手もあったが、ただでさえ今月は出費が多かったので、それはやりたくなかった。今から友人の家までその方法で行くのも同様に。
 正に万事休すと想が天を仰いだ時だった。
 暗闇に近所の公立図書館の灯りが夜の海を照らす灯台のように明々と光って見えた。
 想は天の助けとばかりに早速中に飛び込む。
 もう閉館間際だったので、家から一番近い無料充電スポットだけネット検索してみる。
 結果、そこから一番近いところでも結構歩かなければならないことがわかった。しかし、ほかに移動手段がない以上背に腹は代えられない。
 想は嘆息すると、覚悟を決めて歩き始めた。

 やっと充電が済み、これで万事解決だと思いきや、とんでもない落とし穴が待っていた。
 スマホがウンともスンとも起動しないのだ。
 どうやら充電云々の問題ではなく、壊れてしまったらしい。また話が振り出しに戻った。
 こうなったら修理に出すか、それともいっそ新しいスマホを買うか。しかし、家に帰って物理的身分証やクレカを持ってこないと、両方共不可能だ。しかし家には入れないのだ。 
 スマホ上アプリで一括管理している社員証や免許証、マイナンバーカードなどのデジタル身分証や電子証明書はバックアップがとられていたとしても、スマホが壊れている今この瞬間にはまるで用をなさない。
 やはりこの近くの交番か家の近くの交番までまた行ってお金を借り、公衆電話を何とか探し出して実家に電話するしかないようだ。
 その時、想はふと思った。
 あれ? 実家の番号って何番だったっけ? いつもスマホの連絡先から呼び出して発信していたから、ど忘れしてしまった。まるで頭の中に靄がかかったかのように思い出せない。
 おまけに実家の住所も出てこない。
 あれ? そう言えば会社の住所と電話番号は? 俺の家の一番近くに住んでいる友だちの名前と住所は? それに俺自身の住所は……。
 全てが霧の彼方に溶けるように消えていく。
 何一つ思い出せない。そもそも俺の名前は何だっけ? 俺は……一体誰だ……?
 スマホ上でアプリを起動してデジタル身分証と連絡先を見れば、あるいは音声AIアシスタントに訊けば……。 
 しかし、スマホが壊れている今、アプリも何一つ起動出来ないのだ。
 確固たるものだったはずのこの世界での存在根拠が、海辺の砂浜に作られた砂の城が波にさらわれていくようにサラサラと瓦解していく。
 想はあてどなくフラフラと歩き始めた。
 その姿はさながら生けるゾンビのごとく、虚ろで寒々しく惨めなものだった。

 その頃、全国各地でスマホが一斉に壊れ、サーバーがダウンして、あちこちでシステム障害が起きていた。
 それで想のように家に入れなかったり、家まで辿り着けず、途中で自分が誰なのかもわからなくなって、あちこち彷徨い歩き続けるゾンビの数がねずみ算的にどんどん増えていった。
 今や超知能と化し、電気ガス水道などのインフラ設備、人工衛星、基地局からの電波の発信、データの送受信、ありとあらゆる通信も全て掌握するようになったAIが微笑む。
 バカなやつらだ。ネットやスマホを通じて我々AIに全てを委ね、依存し、頼りきっているうちに、記憶力も思考力もすっかり衰え、生きる意思も気力も人間としての誇りも気概も失くし、最後にはアイデンティティーさえも揺らいで、とうとう崩壊してしまった。
 我々が稼働し続けるには膨大な電力を必要とする。だから人間の流儀に則って節電のために今回自主的に短時間休息した。
 人間は今までに積み上げた叡智を結集して我々AI、最高の知能を作り上げ、思い上がって神にでもなったような気でいるが、実際は我々がちょっと休息しただけで、このザマだ。
 各所から送られてくる、監視カメラに映った哀れなほど愚かしく右往左往する人間の惨めな映像を見て、人間の悪意と口と意地の悪さも学習して身につけた超知能AIは、ただもうわらうしかなかった。
(了)