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第41回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第41回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第41回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回は獏太郎さんの作品を選ばせていただきました!
高齢者のリハビリ施設で働く主人公・ちひろ。
施設のレクリエーションがきっかけで、とある利用者がひちろの熱狂的なファンだとスタッフの間で有名だった。
病気が発覚し、ちひろが三週間休んでいたところ……。少し切なく、でも前向きさも感じるラストでした。
惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。
また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

ときめき

ときめきの三十分 
獏太郎

 高齢者のリハビリ施設に勤務する高野ちひろは、漫談のような体操レクレーションを行う。高齢者達は体を動かすだけでなく、笑いが絶えないのだ。体を動かし、気分も軽くなる三十分だ。
 ちひろには、熱狂的なファンがいる。木村トキという、認知症が進みつつある女性だ。誰よりも体を大きく動かし、ちひろの話に大笑いする。誰が見ても、ファンだとわかる。まるで、アイドルを見つめる乙女のような、そんな顔になる。スタッフ達は〈ときめきの三十分〉と呼んでいる。来月九十歳になるが、ちひろが前に立つと、一気に乙女になる。
 今日も、〈ときめきの三十分〉が始まった。
 ちひろは、良く体が動いている高齢者を見つけると、すぐに褒める。「いいね~いいね~」と言って近づき、ハイタッチをするのがお決まりだ。
 突然、ちひろが低く押し殺したような声で言った。
「トキさん……」
 名前を呼ばれたトキの表情が、硬くなる。
「はっ……はい」
 ちひろが、トキの方へと早歩きで歩き始めた。トキに迫る勢いで近づく。
「トキさん……」
「はっ……はい」
 小さな沈黙が出来た。
「めっちゃ、ええやぁ~ん!」
 突然のことに、トキは何もリアクションが出来ないでいたが、すぐに笑顔になった。
「どうしょ~こんなに近くにいてはる~。あかんわぁ~。でも、うれしい~」
 トキは両手で顔を隠した。ときめきが止まらない。まさに、そんな感じだ。

 ちひろは、以前からトイレで違和感を覚えていた。明らかに、便がおかしい。そこで検査を受けてみた。
 検査結果と共に、医師から告げられた。
「初期の大腸がん、ですね。入院ですよ」
 ウチの家系は、循環器系で異常があるのに、消化器系か……。そんなことより、どれだけ休まないといけないか、だ。三週間ほど休めば、また仕事に戻れるらしい。仕方がない。
 ちひろは、トキに少しだけ休むことを伝えた。すると、トキが号泣し始めた。
「ウチは誰よりも、あんたのことを思ってるんよ! 三週間も離れるなんて、できへんわ! ウチも病院へ連れてって!」
 困った。そう言われても……。
「トキさん、ウチが帰るまで待ってて。絶対に戻るから、待っててよ」
「……わかった。いつまでも待ってる」
 あー、トキさんの涙が止まれへんようになったわ。三週間だけ、やのに。
 
 ちひろに、レクレーションの順番が回って来た。入院前最後のレクレーションだ。トキの周りだけ、照明が点いていないような暗さと、空気の重さがある。それを払しょくするように、ちひろは笑いをちりばめた。次第に、トキの表情がほぐれた。
 その日の業務が終わり、施設をあとにしようとした時、トキがスタッフに連れられて、やって来た。うつむくトキに、スタッフが何かを耳打ちした。するとトキが、顔を上げた。
「ぎゅって、して」
 今のトキは、少しでも触れようものなら、壊れてしまいそうだ。ちひろは、そんなトキを、そっと抱きしめた。
「待っててね。ちゃんと帰って来るから」
「うん、絶対待ってる」
 トキが、子供の様に泣き始めた。ちひろは、落ち着くまで、抱きしめ続けた。

 退屈な入院生活を終えて、ちひろが復帰する日がやって来た。復帰して現場に戻れるのも楽しみだが、トキがどんな顔で迎えてくれるかと思うと、ワクワクが止まらない。出勤すると、スタッフは笑顔で迎えてくれた。
「あっ」
 来た。
トキが、スタッフと一緒に来た。ちひろの前で、立ち止まる。
「トキさん、帰って来たよ」
 トキは、うつろな表情で一言、
「どなた?」
 一瞬、ちひろの思考が止まった。たった三週間離れていただけなのに……。トキさんが悪いのではない、確実に、認知症が進んでいるだけで、トキさんは悪くない。
「初めまして、これからお世話をすることになりました高野です」
「よろしくね」
 また、一から積み上げればいい。
 ただ、それだけや。

(了)