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第7回「小説でもどうぞ」選外佳作 神さま、ありがとう/吉田猫

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第7回結果発表
課 題

写真

※応募数327編
選外佳作「神さま、ありがとう」吉田猫
 日曜日の朝早く母からの電話で起こされた。 「あんた新聞に出とるよ」と母が耳元で騒いでいる。はあ? 私は日ごろから褒められるようなことは何もしてないけれど、当然新聞に載るような悪いこともしていない。寝ぼけた頭で考えても何も思いつかないし興奮気味の母の話はまったく要領を得ないから「わかった、わかった、新聞見てみるわ」と言って電話を切った。上着だけ羽織って向かいのコンビ二まで行き、実家で取っているY新聞を買ってきた。
 ベッドの上で広げ、どれどれとページを捲くっていく。真ん中あたりで思わず手が止まり「うへっ!」っと声が出てしまった。紙面の中段に私らしき人物の写真がでかでかと載っているではないか。和風のお店の店頭で赤い毛氈を敷いた腰掛に座り、湯飲みを両手で持ち、遠くを見ている物憂げな表情の女性は間違いなく私だった。思い出した。あの日の、あの場所だ。
 ちょうど半年前の休日、私はとある神社の参道に建つ古い茶屋の店頭に座っていた。
 その神社は恋愛の成就に有名で通称恋の神さまと呼ばれている。だけど、その日の私は恋愛のお願いに来たのではない。恋の神さまに悪態をつきにきたのだ。拝殿でお賽銭を適当に放り投げて、こう念じた。前にあいつと二人で来たとき、ずっと幸せでいますようにってお願いしましたよね。でもね、あいつはどこかの女とこっそり旅行にいって私から去っていったの。これは一体どういうこと? 責任とってあの男を地獄に落としてよ。そのぐらいしてもいいでしょ。手を合わせたあと私は本殿を睨みつけた、涙が出てきた。
 神さまとの対決につかれた私は甘い物を求めてこの茶屋で半分泣きながら温かいお饅頭を食べていたのだ。そのとき声を掛けられた。振り返ると一眼レフの大きなカメラを持った背の高い若い男が私の横に立っていた。
「あの、写真撮らせてもらいたいのですが……」その男が微笑みながら続けて言う。
「今このあたりの風景写真を撮っていて、もしよかったら撮らせてもらえないかと思って……ここに座ってお茶を飲まれてる姿が絵になるっていうか、とても素敵だったので」
「勝手にどうぞ」私は冷たく言った。そりゃ素敵だとか写真撮らせてとか悪い気はしないけれど、そんな気分に到底なれるはずもない。だって神さまを睨みつけて、地獄に落とせ、とかひどいことを言ったばかりなのに。あんた、それ今こんな私に言うことか? その写真男は作品にしたいとか発表してもいいか、みたいなことをもごもご口にしてたけど、お好きに、と適当に応える私に一度頭を下げて離れていった。どうでもいいや、と思って、お饅頭の二個目の残りを全部口に入れてお茶を飲みほした。たぶん大口を開けてたと思う。ああそうだ、写真撮られてるんだっけか? とハっとしてあたりを見渡したけれど、あの写真男はもう見当たらなかった。
 あのときの写真だ。紙面を見渡すと、どうも新聞社主催の写真コンテストの結果発表のようだ。大賞はおばあちゃんと孫が笑っている写真。その横に掲載された私が写った写真の下には優秀賞って書いてある。写真のタイトルは「初夏のまなざし」。作者は須田隆志。半年前のあの写真男に違いない。
 多分たくさん撮った内の奇跡の一枚ってやつだとは思うけれども、それにしても素敵な写真だった。とりたてて美人でもないところが自然な感じを醸し出しているのかな、と少し複雑な気はしたけど、なんだかうれしい。
 すっかり忘れていて今更だけど、こんな素敵に撮ってくれたあの写真男君に冷たい言い方したことをちょっと後悔してしまう。おまけに少しばかりイケメンだったし。
 あの人確か立ち去る前になんかメモ置いていった。お饅頭の紙と一緒に捨てようかと思ったけれど不思議なことに思い留まってバッグの片隅に放り込んだんじゃなかったっけ。慌ててお出かけ用のバッグをクローゼットから取り出す。あれ以来このバッグを持って外に出ることもなかった。留め金を外し開くと、そのメモ用紙が中にあるのが見えてその場に腰を下ろした。メモ用紙には端正な字で電話番号と須田隆志と名前が書かれていた。私は思わず外に向かって手を合わせてしまう。
「神さま、ありがとう」

 呼び出し音のあとつながった携帯電話から最初に聞こえてきたのは駅のホームの騒めきだった。
「はい、須田です……ああ……はい、ああ、……電話ありがとう。ああ、よかった、見てもらえて……本当によかった……」
 それから、その人が携帯の通話口を一瞬遠ざけた様子が伝わってきた。軽く息を吐く音と、ささやくようなつぶやきが電車の騒音に混じって微かに聞こえた。「神さま、ありがとう」私にはそう聞こえたのだけれど。
(了)