高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」選外佳作 荼毘に付されるまで/花るんるん
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花るんるん
「たびたび困りますよ」
「たびたびたびたび」
「たびたびたびたび」
ああ、世界はどうしてこうなのだろう。僕は僕の居ていい場所をささやかに探しているだけなのに。そんなことさえも誰も許してくれない。
分かっているよ、「許してくれるか、くれないか」ではなくて、「居たいか、居たくないか」だと。聞きたくないよ、説教はもう。僕は説教を聞くために生まれてきたんじゃない。僕の前にはもっと伸びやかに世界が広がっていたはず。
「はずはずはずはず」
「はずはずはずはず」
ああ、世界はどうしてこうなのだろう。ただ、ひたすら眠い。どんなに寝ても寝足りない。いっそ、永遠に寝るしかないのかな。
「だからたびたび困ると言ったじゃないですか。そんなこと言われても、ねぇ?」
「ねぇ?」
「なあ?」
誰やねん。
「ひどい、わたしのこと忘れたの? あれはうそだったの?」
だから誰やねん。部屋から出ない僕に知り合いなんかいない。
ああ、世界はどうしてこうなのだろう。
ああ、世界はどうしてこうなのだろう。
中二かよ?
「君は98歳になっても、そういうことを言うのかい?」
大丈夫。そんなに長生きしないから。恥ずかしくても、醜くても、さっさと死ぬから気にしないで。さっさと。
「ささっ」
?
「さささっ」
何してるの?
「あなたに塩かけているの。悪霊退散」
「馬鹿馬鹿しい」と思いながらも、「きっと、塩分が足りないんだ。塩分の摂り過ぎはよくないけど、足りないのだって、よくない」と思う。冷や汗ばかり掻いているから、体にも頭にも、よくないんだ。スポーツ飲料水を水筒に入れて、枕元に置いて。補給はこまめにしているのに。
まだまだ足りないんだ。まだまだまだまだまだまだまだまだ足りないんだ。冷や汗ドバドバだから。ドーパミンやアドレナリンは、
しょぼしょぼ。
「たびたびたびたび」
「たびたびたびたび、だび」
「荼毘?」
「ダビデ」
「デンキ」
「キツネ」
ああ、世界はどうしてこうなのだろう。早くワンダーランドへ行きたいな。
「キツネの言うことには気をつけて」とアライグマは言った。「レンジでチンしたものを、ぬけぬけと手料理だと出そうような奴だから」
偽物でもいい。ワンダーランドへの片道切符がほしいな。いいね、旅。してみたいな、旅。駅にはダビデ像が飾ってあって。
キツネさん、キツネさん。早く僕を騙してくださいよ。これからいいことがきっとあるって、早く僕を騙してくださいよ。冷凍食品を一流のシェフの手料理だって、早く僕を騙してくださいよ。
早く……!
あなたの言うことなすことは全てめちゃくちゃで、僕はそんなのに耐えられなかったから、感情を押し殺して生きてきた。「ほしい」とか「やりたい」とかよく分からなくなって。
「コース料理を用意したの」とマリは言った。「席に座って」
キツネがうやうやしく皿を運ぶ。
「これがスープ」
アライグマがうやうやしく皿を運ぶ。
「これが前菜」
マリがうやうやしく皿を運ぶ。
「メインデッシュはわ・た・し」
もうこうなったら、仮眠だ。仮眠をしたら、夜まであっという間。夜まで、仮眠グスーンだ。
少し塩気が足りませんでしたね。キツネは、スープと前菜に塩をどんどんかける。どんどんどんどん。悪霊退散と叫びながら。キツネは言う。300円でブランドバッグを売るように、偽物の切符を売るのは簡単さ。そんなものでいいのなら、今すぐいくらでも売るよ。荼毘に付されるまで、いくらでも売ってあげるよ。
(了)