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高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」選外佳作 荼毘に付されるまで/花るんるん

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作文・エッセイ
結果発表
小説でもどうぞ

第3回 高橋源一郎の小説指南「小説でもどうぞ」 選外佳作

荼毘に付されるまで
花るんるん

「たびたびすいません」

「たびたび困りますよ」

「たびたびたびたび」

「たびたびたびたび」

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。僕は僕の居ていい場所をささやかに探しているだけなのに。そんなことさえも誰も許してくれない。

 分かっているよ、「許してくれるか、くれないか」ではなくて、「居たいか、居たくないか」だと。聞きたくないよ、説教はもう。僕は説教を聞くために生まれてきたんじゃない。僕の前にはもっと伸びやかに世界が広がっていたはず。

「はずはずはずはず」

「はずはずはずはず」

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。ただ、ひたすら眠い。どんなに寝ても寝足りない。いっそ、永遠に寝るしかないのかな。

「だからたびたび困ると言ったじゃないですか。そんなこと言われても、ねぇ?」

「ねぇ?」

「なあ?」

 誰やねん。

「ひどい、わたしのこと忘れたの? あれはうそだったの?」

 だから誰やねん。部屋から出ない僕に知り合いなんかいない。

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。

 中二かよ?

 中二だよ。永遠の14歳。

「君は98歳になっても、そういうことを言うのかい?」

 大丈夫。そんなに長生きしないから。恥ずかしくても、醜くても、さっさと死ぬから気にしないで。さっさと。

「ささっ」

 ?

「さささっ」

 何してるの?

「あなたに塩かけているの。悪霊退散」

「馬鹿馬鹿しい」と思いながらも、「きっと、塩分が足りないんだ。塩分の摂り過ぎはよくないけど、足りないのだって、よくない」と思う。冷や汗ばかり掻いているから、体にも頭にも、よくないんだ。スポーツ飲料水を水筒に入れて、枕元に置いて。補給はこまめにしているのに。

 まだまだ足りないんだ。まだまだまだまだまだまだまだまだ足りないんだ。冷や汗ドバドバだから。ドーパミンやアドレナリンは、

 しょぼしょぼ。

「たびたびたびたび」

「たびたびたびたび、だび」

「荼毘?」

「ダビデ」

「デンキ」

「キツネ」

 ああ、世界はどうしてこうなのだろう。早くワンダーランドへ行きたいな。

「キツネの言うことには気をつけて」とアライグマは言った。「レンジでチンしたものを、ぬけぬけと手料理だと出そうような奴だから」

 偽物でもいい。ワンダーランドへの片道切符がほしいな。いいね、旅。してみたいな、旅。駅にはダビデ像が飾ってあって。

 キツネさん、キツネさん。早く僕を騙してくださいよ。これからいいことがきっとあるって、早く僕を騙してくださいよ。冷凍食品を一流のシェフの手料理だって、早く僕を騙してくださいよ。

 早く……!

 あなたの言うことなすことは全てめちゃくちゃで、僕はそんなのに耐えられなかったから、感情を押し殺して生きてきた。「ほしい」とか「やりたい」とかよく分からなくなって。

「コース料理を用意したの」とマリは言った。「席に座って」

 キツネがうやうやしく皿を運ぶ。

「これがスープ」

 アライグマがうやうやしく皿を運ぶ。

「これが前菜」

 マリがうやうやしく皿を運ぶ。

「メインデッシュはわ・た・し」

 もうこうなったら、仮眠だ。仮眠をしたら、夜まであっという間。夜まで、仮眠グスーンだ。

 少し塩気が足りませんでしたね。キツネは、スープと前菜に塩をどんどんかける。どんどんどんどん。悪霊退散と叫びながら。キツネは言う。300円でブランドバッグを売るように、偽物の切符を売るのは簡単さ。そんなものでいいのなら、今すぐいくらでも売るよ。荼毘に付されるまで、いくらでも売ってあげるよ。

(了)