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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ありがとう。」秋野真奈

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第57回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「ありがとう。」秋野真奈

夜、働いているものは多い。

私が眠っている間に、彼らは文句ひとつ言わず働いて、いつも最高の結果を出してくれる。

夕食が終わると、彼らのために準備を始める。まずは、朝食のための米を一合研ぐ。そして、ひとつまみ雑穀を加えるのが私の流儀。ときどきは白いごはんだけでも食べるけれど、私はもっちりとした白飯の間の、埋もれるように存在する彼らを愛してやまない。

彼らは流水で洗われた白米と混ざって、冷蔵庫の中で朝を待つ。その間に適度な水分を吸い、朝、土鍋の中で加熱したときに、ちょうどよくふっくら、もっちりとした食感に生まれ変わるのだ。

米を研いだら、ガラスのピッチャーに水を注ぎ、長崎産の大ぶりの煮干をいくつか入れる。煮干は頭も内臓もとらずにそのまま。

煮干たちも一晩かけて、かつて太陽の力で凝縮された、その身のうまみを染み出させ、ピッチャーの水を海の恵みたっぷりの黄金色のだし水に変えてくれる。

米とピッチャーを冷蔵庫に入れるついでに、冷蔵庫の野菜室から野菜を取り出す。今日はきゅうりとなす。

秋の気配がしてきたから、きゅうりを漬けるのは今年はこれで最後。そんなことを考えながら、きゅうりの頭とお尻を薄く切り、いたずりをする。

なすは秋茄子の時季までもう少し楽しめる。おしりから切り込みを入れて、これにも塩をすりこんでおく。塩は、きれいな海でていねいに作られたあら塩がいい。

きゅうりとなすを少し置いているあいだに、食器棚の下の棚からホーローの瓶を取り出す。口には手ぬぐいをかけて、その上からふたを置いているから、中のぬかみそは、適度に呼吸ができて、いつもいい感じ。学生時代に仕込んだぬかみそ君。もう10年来の付き合いで、紆余曲折もあったけれど、なんとか仲よくしてもらっている。

ぬかみそを瓶の底からぎゅっと混ぜ、きゅうりとなすを埋め込む。そのあとはぎゅうぎゅうやらずに、やさしく表面をならしておく。

このぬかみそ君も働きもの。朝までにきゅうりとなすを、かぐわしいぬか漬けに変身させ、自身のビタミンB1や、乳酸菌や干ししいたけのうまみなんかもお土産に持たせてくれて、本当にサービス精神旺盛。

ぬかみそをならして、新しい手ぬぐいをかけて、その上にふたを置いて。手を洗ったところでちょうど、洗濯機の電子音が鳴った。洗濯物を取り出して、リビングのすみに広げた、折りたたみ式のステンレスの室内干しタワーに干していく。

冬の乾燥した時季は、室内干しタワーごと寝室に持っていけば、ひと晩中、加湿器顔負けの湿度調節をしてくれる。

この時季は加湿は必要ないけれど、夜の間に乾いてくれるとうれしい洗濯物がたくさんだから、やっぱりその活躍に期待したい。

洗濯物を半分くらい干したところで、キッチンで鉄瓶から白い湯気が出ていることに気づいた。

最近貧血が気になるから、とりあえず水は鉄瓶で沸かしている。弱火でゆっくり沸かしたら、麦茶用のガラスピッチャーに入れる。中にはあらかじめ、丸粒の麦茶が入っていて、これは熱湯がひと晩かけて、香ばしく焙煎された麦の粒から、香りや香味を抽出してくれるのだ。

水出しの麦茶パックも手軽だけれど、おいしさではやっぱり粒のままの麦茶が好き。面倒なのに初夏から秋まで、毎晩こうやって淹れてしまう。

洗濯物を干し終えて、キッチンOK、洗濯OK。あとはちょこっとお掃除を。

最近気になっていたトイレの汚れは、便器の中に一面トイレットペーパーを広げて、過炭酸ナトリウムをパラパラ。

このままひと晩おいて、朝に水を流したら、便器は真っ白、ぴかぴかに輝いているはず。ありがとう、過炭酸ナトリウムの粒たち。

最後にはたきでささっと家具やカーテンレール、エアコンの上をなでておく。こうすれば、明日の朝までにほこりは床に。朝いちばんでほうきをかければ、家の中は簡単にすっきり。

そして私はベッドに入る。私が寝ている間に、私と私の愛する子どもたちのために働いてくれる多くのものに感謝しながら。

そうそう、忘れてた。

こんなていねいな暮らしができるくらい、私には慰謝料を、子どもたちには養育費を払ってくれる、元モラハラ夫さん。そして、離婚の原因を作ってくれた、若い愛人さん。

みんな、ありがとう。おやすみ。