公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

写真とボックス

タグ

写真とボックス

自鳴琴乃螺子

希夢は二十一歳。ファンシーグッズが好き。両親が二年前に事故で天国へ行って、家に一人で住んでいるので、部屋のひとつをファンシーグッズ専用の部屋にしている。部屋にはぬいぐるみ、人形、小物入れ、写真立て、いろんな形をした小瓶、ランプ、オルゴール、ステンドグラス、おもちゃなどがたくさんある。

仕事が休みの日、朝食後に散歩していると、公園のベンチに何かが光っているので、希夢は行ってみた。そこには小さな小さなフェアリーがいた。瞳は角度によって、藍にも紫にも群青にも見えた。髪の色は銀から金へのグラデーション。七色に輝くクリアな羽根をもち、花びらをつなげたようなドレスを身にまとっている。

不思議で美しいフェアリー。

希夢が見とれていると、カラスがフェアリーを目掛けて飛んできた。希夢はとっさにフェアリーを手で持ち、服のポケットに入れて、そのまま家に帰った。

ポケットから、そっとフェアリーを出す。名はリレアと言った。話を聞くと、フェアリーランドから人間界へテレポートして冒険に来るときがあり、景色を眺めていたところだったらしい。

フェアリーの姿は、見える人間よりも見えない人間のほうが多いそうだ。

たとえば、捕まえてテレビ局に知らせるなどと考えるような人間には見えることはない。また、見えたとしても関心のない人間なら、よくできた人形くらいに思い、通り過ぎることもあると言う。

だから、さっきのようにピンチになった場合は、テレポートをして逃げる。

でも、フェアリーの姿が見えて興味を持ち、助けてくれた気持ちは、とてもうれしいと言ってくれた。

希夢はリレアが喜ぶと思い、ファンシーグッズ専用の部屋に連れていった。

リレアは、部屋を一通り見て、遊んでもいいかと聞いてきたので、希夢はもちろんと答えた。

座らせてある人形の膝の上に頬づえをついて寝そべったり、ぬいぐるみの頭の上で、逆立ちをしたり。小瓶の中に入って、羽根をパタパタさせたり、瓶の縁に腰掛けたり、ぶら下がったり。ゼンマイで動く車や汽車に乗ったり。ドールハウスの中に入って、机の下をのぞいたり、ベッドの上でジャンプしたり、窓から顔を出したり。オルゴールのメロディに合わせてダンスをしたり。リレアの表情は、軽やかな動作とともにくるくる変わっていく。ウィンクしたり、舌を出したり、いたずらっぽく笑ったかと思うと、凛とした横顔を見せたりして、希夢まで楽しくなった。

遊び終わって、少し休んだらフェアリーランドに帰ると言うリレアに、希夢は記念に写真が欲しいと言った。リレアはうなずいて、手をひと振りすると、さっき遊んでいた姿の写真が数枚できてきた。

それと助けてくれて、部屋で遊ばせてもらったお礼の品も渡すと言って、リレアが手をもう一度振ると、両手の平の上に乗るくらいの大きさの、透明でクリスタルのように綺麗なボックスが出てきた。

リレアが説明した。これは希夢にしか見えないもので、小物を入れて使うボックスではなく、蓋を開けると、素敵なものが見えるボックスだからと。そしてリレアは、テレポートしていなくなった。

時計を見ると昼過ぎていたので、希夢は昼食をすませてから、リレアの写真を飾ることにした。デザインが気に入って買った写真立てばかりで写真を飾ることはしないが、リレアの写真なら特別だ。

ボックスの中に現れたものは、現実には見られない風景。蓋を開けるたびに見える風景が変わり、風景は三分の砂時計の砂が流れるようなテンポで変化していった。

生き物は無理なのか、魚のいない海底。山から朝日が昇ってから、海に夕日が沈んでゆくまで。桜の蕾が一斉に開き、花になると、少しして桜吹雪になる。楓と銀杏が少しずつ紅葉していき、舞い散る。宇宙で火星や水星がボールのように弾んで、土星は輪の中をくるくる回る。大きな波、小さな波、水面に広がる波紋。月が二つある夜空で、満月は転がり、三カ月はゆらゆら揺れる。オーロラは横向きになって、魔法のじゅうたんのよう。雲はクッキーやドーナッツに形を変える。星が煌き、流れ星になって湖に降りそそぐ。雪は降りながら粉雪から牡丹雪になり、結晶に姿をかえる。一つだった虹が、二つ三つになったり、向きが斜めや逆さまになったり。赤橙黄緑青藍紫の色の順番が入れ変わる。ボックスの中で繰り広げられる、最高のミニチュアの世界。

一カ月が過ぎた。希夢は、見るとかえってつらくなると思い、今まで両親の写真を仕舞い込んでいた。でも、かわいらしいリレアの写真と美しいボックスで、気持ちを変えることができた。ファンシーグッズ専用の部屋にまだある写真立てに、両親の写真を飾ると、部屋がさらに素敵になった。

その頃、フェアリーランドの鏡で、希夢の様子を見ていたリレアは安心して、自分の写真とボックスを渡して、本当によかったと思っていた。