桜の季節~くまがつないだ物語
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桜の季節~くまがつないだ物語
コアラケイ
早咲きの桜の花びらが、風にのり、ふわりふわりと、通りに流れこんでいます。
ワコは、実家から引っ越す日の朝、目が取れ、腕がほころびたくまのぬいぐるみをゴミ袋に入れて捨てました。
「ワコ、行くぞ」
ワコは、声をかけられてハッとし、急いで車に乗りこみました。
セイちゃんがママと一緒にゴミを捨てに来て、ゴミ袋からすけて見えるくまのぬいぐるみを取り出して、走り去りました。
セイちゃんは、家に着くとすぐに、おばあちゃんの部屋に入っていきました。
「おばあちゃん、助けて! この子がケガをしているの!」
「まあ、セイちゃん、どうしたの? そんなにあわてて、どうら、見せてごらん」
「おばあちゃん、なおる? ちゃんと良くなる? お願い、なおしてあげて」
「はいはい、このくらいのケガなら大丈夫、なおりますよ。セイちゃんは、保育園に行く時間でしょ。行ってらっしゃい」
「おばあちゃん、行ってきます」
保育園の桜も、きれいに咲いています。
セイちゃんは、心配でドキドキでした。
「あの子のケガが、なおりますように」
夕方になり、セイちゃんは、いつもよりも早く家に帰ってきました。
「おばあちゃん、あの子は?」
「あらあら、セイちゃん。ただいまも言わないで。おばあちゃんの手にかかれば、ほら、このとおり」
おばあちゃんから受け取ったくまのぬいぐるみは、目もちゃんと付いて、腕のほころびもきれいになおっていました。
「セイちゃん、その子はワコちゃん、五月二十八日生まれなのね」
「えっ、そうなの? ワコちゃん、はじめまして、わたしはセイです」
セイちゃんは、ギュッとくまのぬいぐるみをだきしめました。
今夜のお月さまは、明るくまん丸です。
「あっ、なんだろう? このにおいは? この手の感触は? 変だなあ? いたっ!」
セイちゃんと一緒に寝ていた子ぐまは、ベッドの下から頭をさすりながら、立ち上がりました。
「そうだ、ボクは……」
月明かりがもれている窓に向かって、トコトコと歩いていきました。
「ワコちゃん、なんで! どうしてボクは、ここにいるの? ワコちゃんは、いつボクを迎えに来てくれるの」
子ぐまの目から、涙のしずくがポタリと床に落ちました。
マンションのリビングの棚の上に、子ぐまのぬいぐるみをだっこしている女の子の写真が飾られています。
その頃、人間のワコは、ベランダから月を見ていました。まん丸のお月さまは、子ぐまの泣き顔のように見えました。
「ごめんね。もう、大人の私には必要ないと思ったの」
それから、何年かの月日が流れて……。
セイちゃんは、家族で公園にお花見に行きました。
「セイちゃん、小学生になるの楽しみね。入学式まで桜がもつといいわねえ」
「ママ、ワコちゃんが、いないの! あれえ、どこに行っちゃったんだろう?」
セイちゃんは、泣きながら、くまのぬいぐるみをさがしに行きました。
「あなた、そこのベンチに座わりましょう」
人間のワコは、赤ちゃんのレイをだきあげ、
「レイちゃん、これが桜でちゅよ」
そこに、「ワコちゃん、ワコちゃんはどこ?」と声がして、ワコはふりむきました。
「えっ、何? 今、あなた、私のこと呼んだかしら?」
「ち、ちがいます。私のくまのぬいぐるみのワコちゃんを呼んだんです」
「そうなのね。私と同じ名前のくまちゃんなのね。一緒にさがしましょう」
ワコは、まず、ベンチの下をのぞきこみました。そして、くまらしきものの手をつかんで、だきあげました。それは引っ越したときに捨てたぬいぐるみでした。
「えっ、どうして? この子がここに……」
「あっ、お姉さん。その子です。見つけてくれて、どうもありがとう」
ワコは、くまのぬいぐるみを一瞬、だきしめて、女の子にわたしました。
「ワコ、寒くなってきたから、帰るぞ」
「は~い。レイちゃん、帰りましょうね」
ワコは、セイちゃんに手をふり、
「これからも、ずっとその子と仲良くしてあげてね」と言いました。
セイちゃんにだっこされた子ぐまは、ワコに向かってウィンクしました。
そう見えたのは、やさしい夕日が、子ぐまの目にうつっていたからでしょうか。