ペルの思い出
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ペルの思い出
さつき凜
エミコさんの家にペルがやってきたのは、エミコさんが小学校の低学年の頃でした。
ペルは、白く毛の長い奇麗なネコで、大人になってからもらわれてきました。ペルシャ猫だというので、ペルと呼ぶことにしました。
しかし、ペルは、お父さんにも、お母さんにも、エミコさんにもなつこうとしません。手を出しても素知らぬ顔。抱こうとすると、逃げていきます。
あまりかわいくありませんでした。
ペルは、家の中でオシッコをしたり、白く長い毛をまきちらしたりしました。お母さんは、なんとかしつけようとしましたが、ダメでした。
しかたなく、家の外に小さな小屋を作り、エサも外であげることにしました。
毎朝、学校の出掛けにエサをあげるのが、エミコさんの役割になりました。
ペルは小屋にも入らず、玄関を出た門扉の前で寝ていることが多くなりました。その場所の方が日当たりもよく、暖かかったのでしょう。
冬の日などは日を求めて、家の前の道路のまんなかあたりまで出て、じっと寝ていたりしました。とてものろまに見えました。
エミコさんは、二階の自分の部屋の窓からそんな様子を見て、
「あぶないなあ、車にひかれちゃうぞ」
と、思ったこともありました。
ペルがやってきてしばらくたったある朝、エミコさんは寝坊をしてしまい、慌てて玄関を飛び出しました。
そのとたん、つまずいて転んでしまいました。
「フギャォー」
すごい声がしました。ペルがそこにいたのでした。
エミコさんはすりむきそうになった自分のひざをさすり、エサをあげることもせず、門扉を開けました。
そのとき、猛スピードでトラックが目の前を通り過ぎました。あのまま、勢いよく飛び出していたら……? ハッとしてペルを振り返りましたが、エミコさんはそのまま学校に急ぎました。
学校から帰ってみると、ペルはやはり同じ場所に寝ていました。その日のエミコさんは、ペルを無視するかのように家に入りました。
それからしばらくして、お母さんがまたネコをもらってきました。今度は子ネコで、人なつこいネコでした。黒と白のマダラで、とても美しいとは言えません。しかし、どことなく愛きょうがありました。子ネコのことですから、いろいろといたずらをしますが、許せてしまいます。名前も、結局、マダラとなりました。マダラは家の中でオシッコをしません。家の中に入れて飼うことになりました。エミコさんと一緒に布団で寝ることもありました。
ペルはというと、いつもの同じ場所で、じっとしているだけでした。マダラがちょっかいを出しても、全く相手にしません。ペルとマダラは仲が良くならず、それがエミコさんには、ペルがマダラに意地悪しているように見えました。
時がたつにつれて、ペルは痩せっぽちになっていき、家に来たとき、あれほど奇麗だった毛並みも荒れほうだいになっていきました。マダラはだんだんと大きくなり、不細工だと思っていた身体の模様も、個性的で、いい感じに思えてきました。
それから、またしばらくたち、エミコさんは体調を崩し、病院に入院しました。
退院したエミコさんは、自分の部屋のベッドに寝ている日々が続いていました。
そんな、ある日、その窓越しにペルが上がってきたのです。じっとエミコさんの顔を見つめています。
エミコさんは、ペルをにべもなく追い払ってしまいました。
次の日、ペルは死にました。後からお母さんに聞いた話では、ペルは、身体全体が衰えて、二、三日前から、全く動くことができなくなっていたというのです。
そういえば退院して家に帰ってから、ペルの姿を見てなかったことを思い出しました。
「あなたがエサをくれるのを待ってたのよ。私じゃダメみたいで」
お母さんは言いました。
エミコさんの心に、なんとも言えない思いが込み上げてきました。
ペルは動物のお墓に入れてあげることになりました。
エミコさんは元気になり、学校に行くようになりました。毎朝、玄関を出るたびに、ペルの座っていたところに目をやるのでした。
今日、その場所には、マダラが寝そべっていました。