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森の中の小さな池で

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森の中の

小さな池で

坂元利子

森の中に小さな池がありました。そこは動物たちの水飲み場として、毎日たくさんの動物がやってきていました。その池には鮮やかな模様の鯉が住んでいましたが、自分がいつからすみついたのかおぼえていませんでした。ここでの生活は敵もなく、毎日やってくる動物と話すことができるので楽しい日々でした。

ある日、大きな音がして、池の水をいきおいよく飲み始めたものがいました。いのししでした。

「よっぽどのどが渇いていていたんだな」

鯉は思いました。

鯉が体を水面近くまで上げると、いのししが気づいたようでした。

「君はきれいだなー」

いのししは水を飲むのをやめて、鯉に話しかけてきました。

「君もきれ……」

鯉は言いそうになりましたが、どう見てもきれいとは言えませんでした。ブクブクと沈み、ゆっくり上がると落ち着いて言いました。

「君は大きいね」

「ああ、たいがいの動物には負けないね」

いのししは自慢げに言うと、のっしのっしと森の中に消えていきました。鯉は自分の美しさに気づきました。

あくる日、鯉が優雅に泳いでいると、ねずみがやってきました。ねずみは池に落ちないように用心深く水を飲み始めました。鯉はゆっくり水面まで上がりました。ねずみは少しおどろきましたが、目をまんまるくして言いました。

「君はなんてきれいな姿なんだ」

「君もなんてきれ……」

鯉は言いかけましたが、とてもきれいな姿とは言えず、ブクブクと沈み、ゆっくり上がると言いました。

「君は小さくて機敏だね」

「ああ、走らせたら、誰にも負けないね」

ねずみはちょろちょろと森の中に消えていきました。鯉は自分の美しさに自信をもち始めました。

次の日、へびが池にやってきて、長い舌で水を飲み始めました。鯉は水面に顔をだすと、へびは水を飲むのをやめて言いました。

「君はなんてきれいな模様をしているんだ」

「君もなんてきれ……」

鯉は言いかけましたが、きれいとはいえない模様でした。ブクブクと沈み、上がってくると言いました。

「君の体は複雑で面白い模様だね」

へびは自慢げに言いました。

「ああ、こんな模様、誰にも作れないさ」

そう言うと、にょろにょろと森の中に消えていきました。鯉は自分が美しいことを確信しました。

「誰も僕の美しさには勝てないね」

鯉はたくさんの動物に自分を見てもらいたいと思っていました。そして「きれいだね」と言ってもらいたかったのです。たくさんの動物に水を飲みに来てほしいと思い、水を飲みに来る動物に「また来てほしい」と言い続けました。

梅雨の時期になりました。暑い夏がそこまで来ています。今のうちにたくさん雨が降って、暑い夏もたくさんの動物に来てほしいと思っていました。

しかし、その年は空梅雨でした。初めてのことでした。だんだん水が少なくなり、鯉は息苦しくなってきました。

「こんなに雨が降らないと池が枯れてしまう」

鯉は命の危険を感じ、水を飲みにくる動物たちに言いました。

「どこか、他の池で飲んでよ」

しかし、動物たちもほとんどの池が枯れかかっているのを知っていました。

「枯れていない池はもうないんだ。悪いけど、水がないと僕たちは死んでしまうのさ」

と言って、毎日水を飲みに来ました。いのししもねずみもへびも毎日のように来ます。

「ほんとうにやめて、僕だって死んでしまう。君たちはいいよ、どこにでも行って水飲み場をさがすことができるじゃないか。僕は水がないと動けないんだ」

「悪いね、でもいつでも来てねって言ってたじゃないか」

動物たちは鯉の言葉を無視して、池が空になるまで飲み続けました。そして池に水がなくなると、ほかの水飲み場をさがして去ってしまいました。水のなくなった池で、傷ついた鯉が体をばたばたさせていました。その姿はあの美しかった鯉とはほど遠く、誰も気づきませんでした。

しかし、かわいそうな鯉を見つけてくれるものがいました。人間の男の子でした。

「かわいそうに、ずいぶん傷ついてる。もう大丈夫だよ」

男の子は鯉を急いで家に持って帰り、池にやさしく放してくれました。一カ月もすると傷も癒え、まわりを見ると自分とおなじものがいるのに気づきました。動物は来なくなったけど、そこはなぜか懐かしい気持ちを思い出させてくれる場所でした。