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夢まくら

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夢まくら

咲都姫

今日も巣の中は空っぽだ。卵はどこにもない。鳥かごの中のセキセイインコが小首をかしげながら、きょとんとした顔でこっちを見ている。おれは軽くため息をついてから、なれた手つきでえさをやり、水を替える。はやく卵を見せてくれよ、と心の中でつぶやく。

黄みどり色のオスがピコ、そら色のメスがチコ。二羽のインコは、おれのそんな気持ちなど知るかとばかりのすずしい顔で、今あげたばかりのハクサイをシャリシャリと音をたててほおばっている。

おれはちょっといらいらして、意地悪をする。鳥かごの金あみに足をかけて体を支えながら夢中で食べているインコの足を、ひとさし指と親指で押さえて自由をうばってやる。

ピコは、くちばしでおれのその指にかみついてくる。四年生のおれを完全になめてる。

「いてぇな、何すんだ」

おれはピコにどなってみる。でもピコは冷静だ。声もあげず、だまっておれを見ている。チコもそんなおれとピコを眺めているだけだ。

二羽は大人の鳥だから、なつかない。それはわかっているけど、ときどきちょっと寂しくなる。だから卵を産んでもらってヒナがかえったら、かわいがって育てて手乗りにさせて遊ぼうと、おれはずっと待っている。

なつかないから、かわいくない。名前をつけたのはおれだけど、実は呼びかけたこともない。世話をしているだけで、何だかつまらない。おれはいつもそんなふうに思っていた。

冬も近づいたある秋の日、一日中雨が降った。いつもより寒かったから厚着をして夜はたくさん布団をかけて寝た。おれは二羽のインコのことを気にかけもしないで、ついぐっすりと眠りこんでしまった。

そしてひんやりとした夜が過ぎ、朝になった。

起きてみると、鳥かごの中の二羽の小鳥が止まり木の下でばったりとたおれていた。ピコとチコは生気がなく、しずかに目を閉じたままぴくりとも動かなかった。おれはあわててパパとママのところにとんで行き、そのあとのことはよくおぼえていない。

気がつくと家の庭のすみで、家族三人で二羽の小鳥のおはかをつくっていた。

パパが大きなシャベルで、ピコとチコをうめるために土をほった。ママは、しゃがんでピコとチコのために手を合わせていた。

おれは、二羽のからだを両手でやさしく包むようにして、そっと土の中に眠らせてあげた。

ごめん。おれは心の中であやまった。

「いきものだから、こういうこともあるよ」

「元気をだして。たっくん」

パパもママもそう言っておれをなぐさめてくれたけど、自分でも意外なほどの涙があふれ出て、とまらなかった。

ゆうべ、すぐに部屋をあたためてあげていたら。もっと注意して様子を見てあげていたら。世話をしていたおれの責任だ。おれがピコとチコを……。

突然のインコとのお別れにぼう然としたまま、おれは小さなおはかをあとにした。

その晩、眠っていたおれはふいに目がさめた。すると暗やみの中に、真っすぐにこっちを見つめている黄みどり色とそら色の小鳥が見えた。ピコとチコ!? そのとき、どこからか不思議な声がきこえてきた。

「おはか、ありがとう。泣いてくれて、ありがと。ぼくら、じゅみょうやったんや。だから、もう悲しまんといて。そんな自分をせめないでええよ。な、たっくん」

ピコが話してくれている!? おれは思わずピコ! チコ! って呼びかけようとしたけど、なぜか声は出せなかった。

「それから、今までお世話さま。いつもちゃんとおいしいごはんくれて、きれいにそうじしてくれてうれしかったんやで。ほんま感謝やで」

暗やみの中、よりそう二羽のすがたがはっきりと見えた。

「あと、ヒナ見せてやれへんかった、ごめんやで。それと、もうおっさんやしな、なついたりあまえたりも、てれくさくてできひんねん。ぼくら、ピュルリピュロロないたりしかできひんかった。ごめんな。ほんま、これまでありがとう。もう泣かんといてな、拓也。ほな」

暗やみの中を、神々しいような光をまとう二羽がさらにはっきりと見えた。そしてピヨピヨ、ピヨと聞きなれたなき声がきこえたと思うと、おれの目がぱっと開いた。

夢?……いや、夢じゃない。

おれはまたすぐに眠りにおちて、そしてとてもさわやかに朝をむかえることができた。ゆうべのことは、おれだけのひみつだ。そう決めた。でも、なぜ関西弁だったんだろ。ちょっと笑えた。

まだ朝日のまぶしい庭に出て、おれは小さなおはかの前にあらためて手を合わせた。ありがとう、ピコ。チコ。心の中でつぶやいた。