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発泡スチロールだからハッポー

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発泡スチロール

だからハッポー

相須楽徒

夏の青空にため息が吸いこまれていく。とぼとぼ歩けば、アスファルトの熱気が私の足裏に伝わってくる。

「なーにが、役に立たないから、だよ」

道端の小石を鬱憤と一緒に蹴り飛ばす。

とうとう塾をサボってしまった。悪いことなのはわかっているが、いい加減うんざりだ。こちとらまだ中学二年。必死に勉強するには早い気がする。

母さんが言うに、絵を描いても画家にならない限り意味がないらしい。なんだそれとは思うものの、私も同じ考えだ。私が絵を描いていたのは、なんとなくやりたかったからだ。熱い思いもくそもない。

反論はできなかった。だから美術部を辞めさせられ、入塾させられた。簡単な話だ。私が納得しないだけで。

カッカッカッと道路でこすれ、石は公園へ転がりこんだ。最後には入口付近の鉄柵に当たり、間延びした音が響く。音に釣られて公園をちらり見ると、今度は声が聞こえた。

子どもの泣き声だ。

もう一度公園を覗く。がらんどうの公園には、男の子がぽつんとしゃがみこんでいた。半袖シャツも短パンも真っ白なその子の背は、ひどく心細そうに見えた。

知らないうちに足が動いた。男の子も私に気づき、涙を溜めた目のままこちらを向いた。

「……どうしたの?」

「飛行機が壊れちゃった。このままじゃ帰れない」

曇った顔をする男の子をよそに、視線を足下にやる。右の羽がぱっきり折れた白い飛行機がそのままになっていた。材質は発砲スチロールだが、妙に厚みがある。包装に使われる角張ったものを切って作ったようだ。

いったん安堵して、私は頷いた。

「大丈夫。直してあげるから」

鞄を地面に下ろし、筆箱を探る。塾用のテキストやノートをかき分けるうちに、カツンと硬い触感があった。つかんで抜き取ると、手には油性ペンの束が握られていた。美術部での画材の一つだ。長いこと見当たらなかったが、こんなところにあったとは。

いったんペンの束を地面に置き、今度こそ筆箱を探り当てる。中からセロハンテープを取り、ぱっぱと折れた羽をくっつけた。

「やった! 直った!」

男の子は飛行機を掲げ、あちらこちらへ走り回る。白い機体に太陽の光が反射して、眩しく映った。

しばらくして、その子はぴたりと止まった。向いている方へ視線をやる。その子は鞄のそばに置かれたペンの束をじっと見ていた。

「これ、使っていい?」

私が頷くと、男の子は油性ペンでカラフルに線を描いていく。けれど、すぐにうぅんと唸って、手が止まってしまった。線が曲がっている。苦戦しているようだ。

「貸してみて」

隣に座って、男の子から指示を仰ぐ。ペンを変えつつ、色を走らせる。小さな飛行機は、キャンバスとしては描きづらい。手から汗をにじませながら、なんとかやりきった。

男の子はぱあっと笑顔を浮かべた。

「お姉ちゃん、絵が得意なんだ。すごいねぇ」

目を輝かせ、その子は言う。

私は自分でも気づかないうちに首を横に振っていた。

「全然、すごいことじゃないよ。絵がうまくても、何にもならないし」

「なるよ。飛行機が前より良くなった」

振り向けば、鮮やかな色が入った飛行機が小さな両の手のひらに掲げられていた。

「僕の仲間も言われるんだよね。かさばるだけのゴミ、って。でも、僕らも知らないうちに、誰かを楽しませたりもしてるんだってさ」

男の子は飛行機を顔まで持ち上げて唇をつけた。鼻で空気を吸いこんで、ほっぺたがまんまるに膨らんでいく。

ぶおおう。ぶくっ、ぶくぶく。ぶおおおん。

私は思わず地面に尻もちをついた。形はそのままに、発泡スチロールの飛行機は見上げるほどに大きくなる。そのうちに男の子は唇を離し、ジャンプしてひょいと機体に乗った。

「……君、何者なの?」

「ハッポー。発泡スチロールだからハッポー」

にぃ、と男の子――ハッポーは白い歯を見せて笑った。そうであることに自信満々だとでも言うように。

「お姉ちゃんはなんていうの?」

「私……私は、アカネ」

「じゃあ、アカネだからアカネだね」

突然、強い風が起こった。軽いものなら飛んでいってしまいそうなくらいの。ハッポーが私に手を振った直後、飛行機は空の青に吸いこまれ、すぐに見えなくなってしまった。

私は私。大した理由がなくっても、それで十分なのかもしれない。手のひらを見ると、指先に付いたインクが汗でにじんでいた。