ハト時計
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ハト時計
青山蝶々
「ポッポー、ポーッポッ、ポー」
ぼくの友だちがバラバラな時間、いろんな声で鳴いている。
ぼくは、ハト時計。ぼくの仕事は時間を知らせること。だけど、その仕事ができなくなってしまったんだ。
カツ、カツ、カツ、カツ。
足音が聞こえる。
「フー。今日も始めるか」
黒ぶち眼鏡をかけ、あごにヒゲを生やしたおじさん。たくさんあるハト時計の中で、ぼくと目が合った。この人がぼくたちを直してくれるんだ。
ぼくは、知っている。このおじさんが小さかったときのことを。いつもお父さんのそばにいて、ずっと見ていた。でも、たまにイタヅラをして怒られる。
いつぐらいかなぁ、お父さんの髪が白くなっていて、小さかったおじさんが大きくなっていたんだ。お父さんは、せきこみながらお父さんと一緒にぼくたちを直す。そして、次に来たときには……いなくなっていた。
「フーッ。久しぶりだな」
おじさんが肩をたたきながら言った。ぼくの番になった。毎日毎日、おじさんはたくさんのハト時計を直している。休みはない。ぼくと同じだ。
ぼくは、三十年くらい前にある家族に買ってもらったんだ。最初のころはみんな珍しがって、ぼくの働く姿を家族や親せき、近所の人たちまで集まって、今か今かと待っていた。
「ポッポー、ポッポー、ポッポー」
「おおーっ!!」
みんなかん声をあげ、はく手までしてくれた。ぼくはうれしくて、いつも時間どおりに鳴いた。だけど、だんだんみんなは、ぼくをうるさいと思うようになったんだ。
「ねぇ、ママ、音が気になって、夜ねれないんだけど」
「オレも。勉強に集中できないんだよ」
「アンタッ、それ、いつものことでしょ!!」
なんか、邪魔なのかなって思ってきたんだ。でも、時間になると鳴いてしまう。そのうち、だれもぼくを見てくれなくなったんだ。
「あなたー、ご飯よー」
あれから、どれくらいの月日が経ったのだろう。お父さんは、つえをつきながら歩き、いすに座った。お母さんは、朝ご飯をテーブルに置き、二人は食べ始めた。お姉ちゃんと弟は、それぞれどこかへ行ってしまった。
「ポッポー、ポッポー、ポッポー」
ぼくの鳴き声とだれも見ていないテレビの音だけが響く。お父さんがゆっくりとぼくを見上げた。
「コイツは偉いなぁ。日曜日なのに働いてる」
お母さんが笑った。
「なつかしいなぁ……。母さん、覚えてるか? この時計を買ったときのこと」
「ええ。だって、初めての海外旅行だったんですもの」
「あれから、何年経ったかなぁ……」
お父さんは、座っていない子どもたちのいすを見た。
「そうねぇ。何年経ったのかしら……」
お母さんがぼくを見ながら切なそうに笑った。
「よしっ」
ぼくは、ネジをしめられ元の姿になった。
「ポッポー、ポッポー、ポッポー」
おじさんはぼくを見て、小さくうなずいた。それからぼくは車に乗せられ、どこかへ連れていかれた。
ピンポーン、ピンポーン。
「はい、どちら様ですか?」
「あの、ハト時……」
「あぁ! はいはい」
おじさんが言い終える前にドアが開いた。
「いつも、ありがとうございます。さぁ、中へお入りください」
久しぶりの家だ。ぼくは少しドキドキした。お父さんがニコニコしながら、柱の前で待っていた。
「すみませんが、お願いしてもいいですか」
つえをつき、背中が少し丸くなったお父さんが柱を見て言った。
「いえいえ、全然かまいませんよ」
おじさんはいつもの場所に、ぼくを掛けてくれた。お父さんとお母さんは見上げた。
「ポッポー、ポッポー、ポッポー」
「やっぱり、この音がないとダメねぇ、お父さん」
お父さんは。目尻のしわを細め、うんうんとうなずいた。
「明日ねぇ、娘夫婦と息子が帰ってくるんですよ」
「そうなんですか。間に合って、本当に良かったです」
おじさんのほほがゆるんだ。ぼくは、なんて幸せ者なんだろう。ぼくは、この仕事が大好きだ。