ホタルの記憶
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ホタルの記憶
雅
突然の病気で目が見えなくなり、色のない世界、暗闇の中での生活に、かよこは悲しみに沈んでいた。
かよこは高校一年生、都会から帰郷し、田舎の実家で母と暮らしている。
ある夏の夜、里山の村で夏祭りが行われていた。かよこは太鼓の音に耳を傾けていた。
「懐かしいわね、夏祭りの太鼓の音、夕涼みに少し外に出てみる?」
かよこの母は、かよこを近くの小川に連れていった。流れる水の音を聞き、涼しい夜風に二人であたっていると、一匹の青色に光るホタルが、かよこの肩にとまった。
「かよこ、じっとして、肩でホタルが光っているわ。ホタルは人懐っこいわね」
「えっ! 本当に? うれしい、でも、もう見られないのね……」
ホタルと聞いて、かよこは驚き喜んだ。その陰で、かよこの母は涙を浮かべていた。
「ねぇ、お母さん、そういえば、小さいとき……」
かよこは小学二年生の夜の出来事を思い出した。夏の夜、暗闇の森でホタルを見ていると、ピョンピョンと跳ねる奇妙な動きをする光に驚いて、近づいてみるとカエルのお腹がピカッピカッとオレンジ色に光っていた。
カエルがホタルを飲み込んでいた。
かよこの父はカエルを捕まえ、
「かよこ、アマガエルはヘビに食べられないようにホタルを飲み込むんだ、ヘビはホタルに毒があることを知っているから、けっして食べようとしないのさ……」
父は、かよこにカエルを見せると小川に逃がしてやった。かよこは、オレンジ色に光る不思議なカエルをじっと見つめ、小さな手を振った。そのあと長い間、かよこは、夏がきてもホタルを見に行くことはなかった。
「もう一度、見たかった……」
かよこが涙を流すと、肩にとまった青色ホタルが、ふわふわと宙を舞った。
目が見えず、時間を教えてもらわないと生活ができない今、時が止まっているようで、起きているのか寝ているのかさえ、分からなくなる。
星空の下、かよこは小学生のころを振り返っていた。
夏が過ぎ、里山の村に秋風が吹く季節だった。涼しい日が続いた夜、突然、暗闇から声が聞こえ、
「お嬢さま、ごふさたです……」
丸いオレンジ色に輝く光は、ホタルの光より大きかった。声の主は、男のような低い声を発し、それが暗闇に響き渡る。
「こんにちは、あなたは、だーれ?」と小さな声でたずねた。
「わたくしは、暗闇の森のバトラー、執事のセラと言います」
かよこは暗闇の中、耳を澄ませた。近くで小川の流れる音や、小鳥のさえずり、カエルの鳴き声がする。たくさんの木々の葉がざわめき、森林の懐かしい香りがした。
「前に、会ったことあるの?」
「ええ、ここ暗闇の森で、お会いしました」
かよこは小さく首をかしげて「何しにきたの?」と不安そうに聞いた。
「わたくしの主人に頼まれてきました。お嬢さまと約束したとかで……お誕生日の贈り物をお届けに。お受け取りください」
「えっ! 贈り物?」
かよこは驚きながらも、贈り物をもらってうれしそうだった。
そのとき、暗闇の森に点々と黄緑色のホタルの光が灯り、セラの大きな口から、真っ白な丸い光が現れた。
「お父さん!」
白いマフラーを手にかよこの父が現れると、かよこは舞い上がって喜んだ。
すると、ポチャンと水の音がして、執事のセラは姿を消した。
星空の下、小川の水の音に驚いて、かよこは目が覚めた。
(不思議、また同じ夢……)
かよこは小学二年生のときに見た夢を、大きくなってもたびたび見ていた。
「お母さん、わたしが小さいころ、ホタルを見に行った場所、覚えている?」
「暗闇の森のことかい、父さんが生きていたころは、よく一緒に行ったわね」
「ねぇ、お母さん、お父さんはホタルになったと言ったことも覚えている?」
かよこは記憶を確かめるように聞いた。
「どうしたの、いきなり。そうよ、父さんはホタルになって、暗闇の森に帰ったのよ……ホタルは亡くなった人の魂なの。もしかしたら、さっきの青色ホタル、かよこを心配して会いにきた父さんかも……うふふっ」
夜空に、かよこの母の笑い声が響き渡ったとき、暗闇に青く輝くホタルが宙を舞った。
「かよこ、そろそろ、寒くなったから家に帰ろうかね?」
笑い声に、かよこは顔を上げると、笑顔を浮かべ、手探りで白のカエル柄マフラーを首に巻いた。
「かよこ、そのシルクのマフラー、綺麗でいいわね、いつ買ったの?」
「えっ! これ、う……ん、執事のセラからの贈り物よ……」
ふわふわと宙を舞う青色ホタルが見守る中、かよこは手を引かれ、小川を後にした。