鳩時計のハト
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鳩時計のハト
かどすぐる
小さな町の小さな児童図書館に、一台の鳩時計がありました。
時計は二階の壁に掛かっていて、巣箱の形をしていました。時間になると、扉から白いハトが飛び出して、ポッポと鳴くのです。
ある日、鳩時計のハトは決めました。次に扉が開いたら、この巣箱から出て行こうと。
(僕はこんな暗いところにいて、ずっと独りぼっちだ)
長い針が十二を指して、扉が開きました。ハトは力いっぱいに飛ぼうとしました。けれども足は、時計から離れません。
ハトは、ポッポと鳴くのも忘れて、羽をせわしく動かしました。すると、ガコンと大きな音がしました。
なんとハトは、飛び立つことができなかったばかりか、巣箱に引っ込むこともできなくなったのです。
ハトは首をすくめ、辺りをうかがいました。
職員のおじさんが近づいてきます。そして、背のびをして、ハトをじろりと見ました。
「こわれたかな。まあいいか、針は正確のようだし」
と言って、向こうに行きました。
ハトは、ほっと安心しました。そして部屋の中を見わたしました。正面の窓から、三月のおだやかな陽が差し込んでいます。
たっぷりと光を浴びると、羽の痛みがやわらいでいくような気がしました。
部屋の中で、子どもたちは本を読んだり、開いた図鑑を友達とのぞき込んだりしています。本当に小さな子には、お母さんが絵本を読んであげています。
ハトに気づく子どももいましたが、
「時計、おかしいね」
とか言って、すぐに行ってしまいました。
その夜、月あかりの青い世界の中に、白いハトがポツンとおりました。
ハトは振り返って、巣箱を見ました。
すると何だかさびしくなって、涙を一粒、こぼしました。けれども涙はすぐに固まって、ハトのほほで止まりました。
次の日、小さな男の子がお母さんに連れられてやってきました。
ちょうど二時で、ハトがポッポと鳴くと、男の子は時計を見て、ハトのほほに光るものを見つけました。
「ハトさん、泣いているの? ハトさんもさくらが咲いたら、元気がでる?」
ハトは、初めて人に話しかけられて、目をくるりとしました。そしてハトのクセで、ついつい首をたてに振ってしまいました。
「アハ、やっぱり」
男の子はそう言って、お母さんのところに行ってしまいました。お母さんは、男の子を抱っこして窓の外を見せてあげました。
窓の外には、さくらの木がありますが、まだ花は咲いていないようです。
ハトは、陽のつくる二人のシルエットをずっとながめていました。
次の日も、その次の日も、親子はやってきました。
「ハトさん、まだ咲かないねー」
男の子は毎日、ハトに声をかけました。
(うん、まだだねー)
ハトもコクンと首を振ってこたえました。
そして、男の子の後ろ姿を見ると、飛んでいって、その肩に止まって、一緒に窓の外をのぞきたいなと思うのでした。
そんな日が続いた、ある日のことでした。
「僕ね、明日、引っ越すの。さくら、間に合わなかった。パパと見たさくらだから、もう一回見たかったけど……」
バイバイする男の子を、ハトはただ見送ることしかできませんでした。
次の日から、ハトはまた独りぼっちになりました。声をかけてくれる人は誰もいません。
何日かたった日の朝、ハトが目を覚ますと、窓一面がうす桃色に染まっていました。さくらの花が咲いたのです。
ハトの体が急に熱くなりました。親子のシルエットが浮かびます。
ポトン、そのとき、あの固まった涙が溶けて落ちました。涙は、ハトの下の時計の針を濡らしました。
コトン、トンと針が止まり、その瞬間、ハトの体に電気が走りました。思わず足を上げると、すっと時計から離れました。
ハトは、目を丸くして、やがて一回羽ばたきました。ふわりと体が浮きました。
(飛べる!)
出勤した職員さんが、窓を開けました。
羽が風を受けます。ハトは、大きく羽ばたき、飛び上がりました。そしてヅーンとまっすぐに窓から外へと出ました。
身をひるがえして、さくらの枝に止まると、花びらを一枚ついばみました。そして、青空の向こうへと飛んでいきました。