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王子の孤独

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王子の孤独

吉田髑髏

「危険ですので王子はここで待っていてください」

言われた通り王子は待ちました。その間に数えきれない昼と夜を繰り返しました。王子が植えた小さな木はすっかり大樹となり、この辺りの唯一の目印となっています。飲まず食わずでカラカラになった王子はすっかりミイラになり、町も砂漠に埋もれてしまいましたが、言いつけ通りに今日もここで王子は待っています。

「やぁ、おはよう。今日も何もない、良い一日になりそうだ」

巨木に話し掛けて、幹を背もたれにして腰を下ろし、水平線の向こうをいつものように眺めていると、遠くの砂の黒い点が、だんだん大きくなって近づいてきました。

「こちらへ向かってきているのか?」

王子が気づいた頃には、黒い点が人の形をしていることが分かりました。

「ようやく迎えが来たか」

走って出迎えたい気持ちにもなりましたが、ぐっと堪えて、いつものように優雅に座って待つことにしました。

王子の前にやって来たのは、王子と同じぐらいカラカラになった老人でした。見たこともない奇抜な服装をして、ドッドッドッドッドッと攻撃的な音を立てるロバみたいな乗り物にまたがっています。

「ああ、やっと見つけることができました」

王子を見るなり泣き始めました。が、王子は老人のことを知りません。

「そなた、なぜ泣いているのじゃ」

「あなたを探しておりました。私は大学で教授をしております。長年、行方不明になった王子の居場所を突き止める研究をしておりました。そして今、ついに居場所を突き止めたのです」

「さようか、それはご苦労であった。それで、国の民は元気にしているのか?」

「国民はとても元気に豊かに暮らしております。さあ、王子も早速、皆様の元へ参りましょう」

「うむ、分かった」

王子は砂漠の町を後にして、皆のいるところへ行くことにしました。

博士に導かれて到着した場所は、冷たくてひんやりと暗い部屋でした。部屋にある見たことのない品々を眺めているとドアが開きました。

「王子!」

国民が歓喜して王子を出迎えてくれました。みんな手に持った小さく薄い板のようなものを王子に向けて、無言でパシャリパシャリ。王子は薄い板から発する光と音にびっくりしました。

「皆の者、私はカラカラのミイラになってしまったが、無事である」

パシャリパシャリ。

「なぜ、そのパシャリと鳴って光るものを私に向けるのだ」

「皆、王子との再会を記録に残したいのです」

長い間一人でいた王子にはスマートフォンなど分かるはずがありませんでした。みんなの行動が奇異に見えて仕方ありません。再会の喜びに少しの違和感が芽生えてしまいました。

博物館に来て一カ月が経ちました。博士や国民が使う知らないものや習慣に馴染めなくて、王子には一年ぐらいの長さに感じてしまいました。

「ようやく皆に会えたのに、今の私は一人ぼっちであることを痛いほど感じてしまう」

今日も博物館の『大ミイラ展』と書かれた特設ブースの一番目立つ場所で大勢の人間に囲まれていますが、王子には苦痛でしかありません。

「巨木は元気にしているのだろうか。砂漠は今日も暑くカラカラの天気であろうか」

気がつけば長年過ごした何もない砂漠の町のことばかり考えてしまっています。

その日の夜、王子は博士を呼びつけて言いました。

「私は砂漠に帰りたい」

「そのうちここでの暮らしに慣れてきます」

「違うのだ。私は孤独なのだ。砂漠で一人のときには一度も感じなかった孤独が私を支配しているのだ。私はこの孤独に耐えられない」

「王子、お願いですからもう少しだけここにいてください」

博士にはみんなと再会させてくれた恩がありますが、王子の意思はもう決まっていました。

皆が寝静まった深夜にこっそりとミイラの馬にまたがると、王子は砂漠の町へ向かって駆けました。

ギラギラと太陽が今日も町に降り注ぎます。

「やぁ、おはよう。今日も何もない、良い一日になりそうだ」

巨木に話し掛けて、幹を背もたれにして腰を下ろし、砂漠を眺めます。王子は一人ですが、寂しくありませんでした。