春の日
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春の日
GAKO
会社の転勤で、この町に引っ越してきたのが半年前。この町にも、一人暮らしにも慣れてきた、暖かい日だった。
昼飯を終えて、買い物にでも行こうと外に出ると、足元に紙が落ちていた。拾ってみると地図だった。×印が二つ書いてあり、そこに行くまでの道順が細かく書かれていた。
いつもなら捨ててしまうところだが、地図が自分の家から×印へ向かうものだったので不思議に思い、行ってみることにした。地図によると、一つ目の×印は、この先の道を右に曲がったところにあるらしい。
俺は、なんだかわくわくしていた。まるで今から冒険にでも行くかのように。カバンを持ち直し、地図を片手にゆっくり歩きだした。
右に曲がると、車一台分の狭い道だった。家はあるがひっそりとしており、進むにつれて木々が多くなってきた。
「この先、道はあるのかな……」
不安になりつつ進むと、やはり道らしい道ではなくなり、行き止まりになってしまった。
「これは、行き止まりの印だったのか」
引き返そうとしたとき、誰かの声が聞こえた。辺りを見渡したが、誰もいなかった。
「ここだよ、ここ!!」
足元から声が聞こえた。
「君は…… ねずみ!?」
驚いて足を上げた。
「あなたが新しい配達の人? 早くぼくの荷物、頂戴」
ねずみは急いでいるらしい。
「なんでねずみなのに、しゃべっているの? 荷物って何? 配達ってどういうこと!?」
混乱している俺を無視して、ねずみが体に登ってきた。どうやらカバンを開けようとしている。
「ちょっと待って。この中には、俺のものしか入ってないよ、ほら」
動揺しながらも、カバンを開けて見せる。するとねずみはカバンの中へ潜り込み、チーズを片手に顔を出した。
「これだよ、これ。ぼくが頼んでたもの」
ねずみは満足して、チーズを持ったまま飛び降りた。
「ありがとね、また頼むよ」
ねずみは、あっというまに行ってしまった。取り残された俺は、唖然として声も出ない。我に返ると、頭を抱えた。
「何が起きているんだ? 冷静になって考えよう。夢を見ている? いや、現実だ。でもねずみがしゃべっていた。どう説明する? 大人でも不思議な体験ってできるんだ」
ブツブツ独り言を言っているうちに、頭の中がスッキリしてきた。
「よし、こうなったら、今のこの状況を楽しんでみよう。もう一つの×印に、何がいたって驚かないぞ」
気持ちを引き締め、二つ目の×印へ向かった。どうやら山の方みたいで不安になったが、さっきとは反対で、とても広い道に出た。ただ、今度は家がまったくなかった。さらに進むと、大きな洞穴に到着してしまった。中をのぞき込んだが、真っ暗で何も見えない。
「もう、嫌な予感しかしない……」
さすがにヤバイなと思い、後ずさりした。引き返そうと振り返ったら、草に足を取られて転んでしまった。慌てて立ち上がったら、今度はバランスを崩して、洞穴の方に倒れ込んでしまった。するとおもしろいくらい転げてしまい、洞穴の中に落ちた。
「うそだろ!?」
ぎゅっと目を閉じて、これ以上、体を丸められないくらい丸めて、頭を守った。どすんと落ちたところで目を開けると、そこは商店街だった。
「え!?」
痛さと怖さとびっくりで、何がなんだか分からなくなっていた。通行人は、突然現れた俺をよけて通り、関わりたくないと言わんばかりに見ないようにしていた。
とりあえず立ち上がり、再び家の方へ引き返した。ねずみと会った場所へ行ってみると、さっきとはまったく違う場所だった。拾った地図を確認しようとしたが、その地図がなかった。転んだときになくしてしまったらしい。
辺りを見渡すと、夕方になっていた。
「今日の冒険は、これで終わりか……」
急に疲れがでて、喉が渇いた。カバンの中に飲み物があるはずと思い、中をのぞくとチーズが出てきた。昨日、同僚にもらったのを思い出した。カバンに入れっぱなしだったチーズを出してみると、六個あったのが五個しかなかった。
「やっぱり夢じゃなかった」
俺はチーズを一つ、木の下に置くと商店街の方へ戻った。ペットボトルのお茶を飲みながら、数時間前のことを思い出した。
「子どもに戻ったみたいで、楽しかったな」
また地図が落ちていればいいなと思い、空を見上げた。夕日がとてもキレイだった。