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きつねのケンの化け学入門

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きつねのケンの

化け学入門

星生すばる

きつねのケンは、最近ほかのだれよりも、熱心に学校に通っている。特に、化学の授業だけは、欠かしたことがない。だって、化学は、『化け学』ともいう。バケガクっておもしろそうじゃないか。ケンはそう思っていた。

木の葉をお金に変えたり人間に化けたりするのだけは、きつねのじいちゃんにじっくり教わってバッチリだったけど、山や川にあるいろいろなものを好きなものに変えられたらどんなにゆかいだろうと思っていた。

ある夏の日、ケンは村の花火大会にきつねのトシちゃんとでかけた。ドーンという音とともに赤、黄、青の光がパ、パー、パァーとはじけてそれはきれいだった。ケンはうっとりみとれているトシちゃんの喜ぶ顔を横から見て、自分も花火にばけてトシちゃんをもっと喜ばせたいと思った。

次の日からケンの猛特訓が始まった。頭に葉っぱをのせて、ちちんぷいぷいと唱えるけれど、まっ黒いけむりがプスプス出るだけで、ぜんぜんきれいな花火になれなかった。

「花火師の親方は、どうやっているんだろう」

と、とても気になった。そこで、人間の定時制高校で勉強をしたいと思い、用務員さんに化けて毎日熱心にのぞくようになった。ケンはうまく化けたつもりでいたが、うっかり、しっぽを先生に見られることもあった。

授業が終わると夜はとっぷり暮れていた。北国の冬は縄でキリキリしばられるように顔が痛くなる。このしばれる空気の中、先生は雪道をとぼとぼ歩いていた。ケンは先生の後をつけた。長いこと歩いていた先生が、ふと気配を感じて後ろをふり向くと、きつねが後をつけてきていた。

「いつも窓の外から実験を見ているきつねだな。このシャケが目あてだな」

正月も近いし、ふせっているおっかあに食べさせようと町で買った塩引きシャケだった。きつねは、やせ細っていてなんにも食べていないようだったが、

「いやいや、これは病気のおっかあのだ」

と、先生は持つ手に力をいれてにぎりしめた。途中で先生が立ち止まるとケンも止まる。先生は急ぎ足で家にもどり、戸をピシャリと閉じた。ケンは、しばらくそこでじっとしていたが、あきらめて帰ることにした。

次の日、先生は炎色反応という実験をした。ケンは、それを見ていた。炎色反応とは、金属やものが燃えるときにそのもの特有の色の炎になることをいう。さじに入れた塩をバーナーにかざすと、黄色い炎をあげた。貝がらを細かくくだいて燃やすとだいだい色の炎がボウーと輝き、銅線を燃やすと青緑色のなんともいえない不思議な炎になった。

「この次の実験は、線香花火をつくるんだって」

と、生徒たちが喜ぶのがケンの耳にも聞こえてきた。トシちゃんが大喜びするような花火が作りたいと、ケンもワクワクした。

ところが、次の日、教室には先生がいなかった。先生のおっかあが熱を出して家で寝こんでいるらしい。心配したケンは先生の家まで行ってみた。先生は泣きそうな顔をして、ふとんの中のおっかあの看病をしていた。

「そうとう悪いんだ」

ケンは、ねぐらに飛んで帰って、真っ赤に熟したガマズミの実のついた枝を持ってきて、玄関の土間にそっと投げ入れた。

目をさました先生は、神の実と書いてジョミと読むガマズミの実をみて、

「ジョミだ、ありがたい。でも、いったいだれが」

と、不思議がった。先生のおっかあはジョミを食べて元気を取りもどしていった。

おっかあの病気が治ったので、花火の授業がいよいよ始まった。砂鉄とイオウを粉にしたもの、松の木を燃やしたスス、こよりに使う和紙、そのほかのいろいろな金属が準備されていた。生徒たちはそれらをまぜて和紙に包み、こよりにして線香花火が完成した。

「さあ、火をつけてごらん」

と、先生がいった。線香花火の炎は、松葉のように四方八方にチカチカ、チリチリ、パチパチとさざめき、最後にパアーッと明るく輝いて散った。

それを見ておったまげたケンは、おれも作ってみたいと野山を何日も走り回って材料をいっぱい集めた。

ケンがしばらく学校に顔をみせないなと先生が心配していたら、山の方で、

「ドッカーン」

と、大きな音が響いた。それはすごい音だった。ビックリして行ってみると、ひげも、ふさふさだったしっぽもチリチリになってしまったケンがたおれていた。辺りには、ススまみれのガマズミの実と、川で集めた砂鉄や地獄谷からとったイオウや花火が散らばっていた。

「おまえだったのか」

先生は、ケンを教室につれていき、だいじにしまってあったジョミを食べさせた。

「火薬は、使う量をまちがえるとたいへんなことになるんだよ」

長い時間がかかったが、先生の手厚い看病でケンは山をかけ回ることができるまで回復し、今では花火師の親方の助手をまかされている。夏の暑い日、素晴らしい花火を目にしたら、それはきつねのケンの花火かもしれない。