おはなしのさんぽ道
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さんぽ道
鮫島ゆき
ハルちゃんは池のまわりの一本道をトコトコと歩いていました。どうして歩いているかというと、お母さんが町に買い物に行き、お留守番が退屈になってしまったからです。
池のまわりには紫や白のセージの細長い花がさきほこり、風が吹くと、ねこのしっぽのようなその花がユラユラ揺れて、ハルちゃんは楽しくなってどんどん歩きました。
「ねーこのしっぽ、ねーこのしっぽ」
ハルちゃんが大きな声で、でたらめな歌をうたって歩いていると、バス停に着きました。お母さんが帰ってくるまでには、まだまだ時間がありそうです。
そのとき、コツンと何かがハルちゃんのくつにあたりました。バス停の後ろの山に生えた椿の実が、パチンとはぜて転がってきたのでした。
「ひとつ、ふたつ、みっつ」
椿の実を拾いながら木々の間を上がっていくと、小さな立て札を見つけました。その立て札には「おはなしのさんぽ道」と書いてあり、そこから山の上へと続く一本道がありました。
「あら、こんなところに道がある。おはなしのさんぽ道ってなにかしら」
ハルちゃんはその椿の森の山道を登っていきました。しばらく登ると小さな空き地に出ました。空き地から山の頂上までは、低いツツジの木でおおわれています。青い空が見えて、山の頂上はもう少しのようですが、そこから先に道がありません。
困ったハルちゃんが、空き地の小さな岩に腰掛けていると、椿の森から、ねずみたちが一列になって出てきました。数えてみると十四ひき、みんなリュックを背負ったり、荷物を持ったりしています。ハルちゃんが、
「ねずみさん、どこ行くの」
と声をかけると、びっくりしたねずみたちはツツジのしげみに逃げこみました。
そのとき、一番後ろの小さなねずみがくるっと振り返って言いました。
「おひっこしだよ」
「まあ、十四ひきのおひっこし? 待ってえ」
ハルちゃんも大急ぎでねずみたちを追いかけてしげみの中に入ってみると、そこは小さなトンネルになっていました。
ツツジのトンネルは右や左に曲がりながら、上へ上へと上っていきます。トンネルを抜けると山の頂上の広い原っぱに出ました。
原っぱの真ん中には大きな楠が一本ありました。楠の枝には、太ったとらねこが眠っていて、その枝に「おはなしのさんぽ道」と書いた札がかかっています。
「ねこさん、こんにちは。おはなしのさんぽ道ってなんのことですか」
ハルちゃんがたずねると、ねこは耳だけピクピク動かして、のっそり顔をあげると、緑色の大きな目でじっとハルちゃんをみつめて言いました。
「ここではね、さんぽに来た人が私にお話をするのだよ。さあ、始めてごらん」
「えっ、わたしがお話をするの」
お話を聞くのは大好きなハルちゃんですが、誰かにお話をするのは初めてです。ドキドキしながら、
「むかし、むかし、あるところに……」
桃太郎のお話をしました。
ハルちゃんが話し終えると、ねこは長いひげをピクンとさせて、
「いぬと、さると、きじは出てきたけど、ねこは出てこなかったわ」
そう言うと、ねこはプイっと、また丸くなって眠ってしまいました。
ハルちゃんは、ねこさんの出てくるお話ってなんだろう、と考えながら原っぱを歩いていきました。白や黒のやぎたちが草を食べていました。
「やぎさんのお話ならまかせて」
ハルちゃんは、走っていくと「三匹のやぎのがらがらどん」のお話を始めました。
でも、やぎたちはちっともハルちゃんのお話を聞かずに、ムシャムシャ草を食べ続けています。ハルちゃんは悲しくなって思わず歌いました。
「白やぎさんからお手紙着いた、黒やぎさんたら読まずに食べた……」
ハルちゃんが歌い出すと、やぎたちは大喜び。ヒヅメをコツコツさせて山からの帰り道を教えてくれました。原っぱから池の方を見ると、お日様が赤くなって、もう西に傾いています。ハルちゃんは、大急ぎで山を下っていきました。池のまわりを走るバスが見えてきました。ハルちゃんがバス停につくと、ちょうどバスからお母さんが降りてきました。
「お母さん、おかえり」
「あら、ハルちゃん、迎えに来てくれたの」
二人は手をつないで池のほとりの道を家へと歩き始めました。
「ねえ、お母さん、お話、してくれる」
「いいわよ、何のお話にしようかな」
「あのね、ねこさんの出てくるお話」
「ねこ? いいわよ。あるところに長靴をはいたねこがいました」
お母さんのお話が始まりました。ねこのお話、あったね、とハルちゃんは思いました。池からの風に吹かれて、セージの花が気持ちよさそうに揺れています。その風に乗って、お母さんのお話も、山の方へユラユラと上がっていきました。どこからか「にゃーおー」と、あのとらねこさんの声が聞こえてきたような気がしました。