ボーダーラ・イ・ン
- タグ
ボーダーラ・イ・ン
なてるみ
「転校生の宮野サラさん。耳が聞こえにくいんだ。会話は問題ないそうだけど、なるべくゆっくり話してあげてくれ」
担任の言葉に続くように、宮野サラは頭をさげ、「よろしくお願いします」と、くぐもった声で言った。ビシッと背筋を伸ばし、こっちを見る二重の猫目。窓から吹きこむ風が、ショートヘアーを揺らしてる。宮野の席は俺のとなり。突然、話しかけられる。右手の人差し指を俺に向け、オッケーサインを胸に当ててから、人差し指を左右に振った。
「名前は?」
テンポよく動く、宮野の右手に戸惑う。これって手話だよなと思いながら俺は答えた。
「青木風雅だけど」
「ふ・う・が?」
「そう……」
中一にしては大人びた横顔をチラ見しながら考えてたら、宮野からメモを渡された。
〈うちの犬も同じ名前。顔も似てるかも〉
なんだよ、それ! 失礼なやつ!
同じ日、ホームルームの時間。
担任はスピーカー的声量で話を進める。右斜め上に踊る「クラス対抗ムカデリレー」という筆圧高めな文字に、ブーイング混じりのざわめきがあがった。
「全員参加だからな! 四人ずつのチームで縦並び。腰をひもでつないで、前の人の肩に両手を置いて走る。これから早速、タイム測定やってみよう!」
声をからし、汗を流して頑張る!系って、ダルいし面倒。きっと、みんなもそうだ。
宮野が身を乗りだし、俺に右手を振った。
「足、速い?」
その手の動きは、鉄砲を撃つポーズに似てる。
「そーでもない。走るのとか嫌いだから」
「もっと、ゆっくり」
「キ・ラ・イ、なんだ。だから遅い」
「あたしは、ス・キ」
宮野は俺の口元と目をまっすぐ見て、手話交じりに言う。なにかを伝えることに一生懸命って顔だ。それはタイム測定のときも変わらなかった。俺と宮野は背丈が同じくらいだから順番がかぶった。担任に急かされ、とりあえずスタートの姿勢をとる俺。対して宮野は両手を地面につけ、腰を落としたクラウチングスタートの構えで、スターター役の担任を凝視している。
「よ~い、始め!」
なっ、なんだ? あのスタートダッシュ! 宮野の上半身は全くブレず、矢のような速さで駆けだしていく。つられて俺も、全力疾走で五十メートルを走りきった。
「いいタイムだ! ふたりはアンカー決定だな!」
「せんせ~、宮野さんはムリじゃない?」というだれかの言葉。担任が聞く。
「宮野、どうする? やれるか?」
あいつは堂々と、力強くうなずいた。
翌週の朝から体育祭までの二週間、朝練が始まった。アンカー組は、十五分早いスタート。宮野は毎朝一番に校庭の真ん中に陣取り、ストレッチをしていた。その姿はカッコよくて、負けてらんねえって気にさせられる。寝坊癖のある担任が来るまでの数分間、俺は宮野に手話を教わった。スパルタ指導だ……。外国語感覚の手話も、意味や使い方が分かると興味がわく。通じるとうれしい。
やる気ゼロに見えたチームメイトふたりも俺と宮野のやりとりに興味を持ち始め、少しずつ距離が縮まった。四人の手話を交えた会話は朝を迎えるごとに増えていった。いいタイムがでるたび、手話の拍手で盛りあがる。宮野のおかげで、アンカーチームの絆は深まった。
体育祭当日。いよいよ、ムカデリレー。
砂煙と荒い息づかいと共に、四組中、三番手で俺たちにたすきが回ってきた。
「いちにっ! いちにっ!」
俺は最後尾から声を張りあげる。朝練の成果を見せつけてやる! 第二コーナーで二位の背中をとらえて抜き去り、最終コーナー手前で一位に追いついた。わきたつ歓声。気持ちが高ぶる。先頭ふたりの肩は大きく揺れていた。宮野の肩も熱い。俺は大声で言う。
「慌てんな! かけ声聞け! 頭あげろ!」
しかし、あんなにそろっていた足並みが、乱れ始める。そこからはスローモーション。
俺たちは、踏みつけられた雑草みたいに地面に倒れこんだ。その横を、ほかのチームが追い抜いていく。
「行くぞ!」
俺は、みんなを奮い立たせた。視線を合わせ、気持ちと呼吸を整える。
(ゴールしよう!)
四人の肩は、落ち着きと団結を取りもどし、そのままゴールラインを走り抜けた。
「ダッセーよな。俺たち」
ハイタッチしてから俺は宮野に言った。
宮野は首を横に振りながら、白い歯をのぞかせて答えた。
「青木君。散歩中のうちの犬と、顔がそっくり」
砂まみれになった体操服も、そのままに、俺たちは笑い転げた。見あげた空は、どこまでも青くて、まぶしい。カッコ悪いけど、気分は最高だった。