観覧車の旅はくすぐったい
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観覧車の旅は
くすぐったい
ほほいひろこ
聞いてよ。もぉ~なんだい! って話。
「だれかがいないわ。いちに、さんし……」
って数えてる。十匹いるはずの猫が一匹たりないって、そうだよ、それボクのことなのさ。
「タロくんだわ。タロくんがいない」って。
今ごろ気がついたんだ。なんだよ、もう三日めになるっていうのに信じられない。のんきすぎるオカーサンにオトーサンまで。
「そういえばきのうも見かけなかったなぁ」
って。なんだいこの家、ボクなんかいなくてもどーでもいいみたい。窓の外から聞いていたボクは「フンッ!」って言ったんだ。そしたらオトーサンが言ったよ。
「あいつはまったくしょうがないやつだなぁ」
って。え、ボクがいけないんですか?
三日前のお月さまがきれいだった夜、オトーサン、窓あけてお月さまをうっとり眺めていたでしょ。で、オカーサンに呼ばれて、ハイハイって窓しめ忘れて行っちゃった。だからボクは外に出てみたんですよ。フーンだ。
でも面白い三日間だった。家のまわりを探検して歩いてみたら、いろんなことがわかったんだ。ときどき、聞こえていたヒェ~って変な声。あれはおとなりの家のおばさんが歌っていたんだ。高い声でヒェ~ヒェ~って、窓ガラスがブルブル震えていたよ。
そのむこうの家には黒い大きな犬がいて、いや、あれはきっとオオカミにちがいない。恐ろしい顔してボンボン跳んでいた。
そのむこうの空き地ではイタズラボウズたちが集まっていて、ボクを見るなりうれしそうに追いかけてきた。なにがそんなにうれしいんだ? ボクは逃げた。あそこは危険区域だ。近寄らないほうがいいなって、家に戻ってきたけど……この家も、ボクなんか……フンッて。それで決めた。旅に出る!
いいねぇ。ボクは平気。ひとりでも生きていけるんだ。黄色い花が咲いてる道を横切って林の中に入ったよ。初めて入った林の中は暗くてシーンとしていたよ。落ちてる葉っぱをふんで歩くボクの足音だけが大きく聞こえた。ときどき、立ち止まって耳をすましてみたんだ。ボクじゃないだれかの足音が聞こえるような気がしてふりかえった。でも、ボクじゃないだれかもボクといっしょに立ち止まってたみたいで、足音は聞こえなかった。
ずいぶん遠くに来たと思ったとき、いきなり目の前に現れたのは空にそびえる観覧車。ボクは知っていたよ。観覧車って、まぁるい箱に乗っかって、高いところまで行けるんだ。前にオカーサンがうれしそうに写真を見せてくれたことがある。ボクも乗ってみたいなって思ってた。それがこんなところにあるなんて。
ボクはさっそく飛び乗った。まぁるい箱はカタンカタンって揺れながら上がっていったよ。窓から見える景色がね、どんどん変わっていくんだ。ドキドキしたよ。木の上に鳥の巣があってね、鳥の親子がボクを見ていたけど、その木もどんどん下の方に行っちゃったら空がいっぱい見えてきたんだ。観覧車がてっぺんに来たとき、ボクは見つけた。遠くの遠くに青くキラキラ光ってる場所……あれは……海? 海だー! そうだ、海を泳ぐ猫がいるってオトーサンが話していたっけ。スゴイスゴイって! そうだ、海に行こう。ボクだって海で泳いでみせるぞ!
カタンカタン、観覧車は下がり始めた。反対側の景色が見える。すると遠くの遠くにさっき追いかけてきたイタズラボウズたちが見えた。黒いオオカミも歌うおばさんもハッキリ見えた。危険区域……そのむこうのちっちゃい家、あ、ボクの家だ。よぉく見たら家の窓からみんなが呼んでいた。
「タロくーん、タロくーん」って。
オトーサンとオカーサン。それに九匹の仲間たちがボクのことを呼んでいたんだ……。
観覧車が下に着いた。さっきはいなかったのに係のおねえさんがいて、なんか怒られた。
「お客さん、いいかげんもう降りてくださいよ」
って、なんだい! プンってボクは飛びおりた。そして走った。どこ行くんだっけ? そうだ海だ! 林の中を走ったよ。そしたら雨がふってきた。ボクはぬれるのイヤなんだ。ペタペタ葉っぱが足にくっつくし、どろんこははねるし、変な虫は出てくるし、わぁ、ボクの顔にくものすが……やめろー、わぁー。
林をぬけると、あれ? そこはボクの家の前だった。海に行こうと思ったのになんで? まぁいっか。だって窓があいているんだもん。またオトーサンがしめ忘れたのにちがいない。まったくしょうがないやつだ。ボクは窓から飛びこんだ。そしたら仲間の猫たちが集まってきて聞かれたよ。
「タロくん、今までどこに行ってたの?」
ボクは胸をはって言ったんだ。
「あ、海を見てきたんだよ」ってね。
オカーサンが走ってきたよ。
「タロくん、タロくーん!!」
ってオカーサン、ボクを抱きしめて泣いちゃった。ボクは……なんでかな? わからないけどくすぐったいの。この家も、仲間も、みーんなみんな、エヘヘ。ここは暖かくてくすぐったい♡