阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「タイムカプセル」村木貴昭
「ご飯よぉ」妻の大きく呼ぶ声に、はあい、私と拓也が元気よく答える。私は六歳になるひとり息子の拓也とリビングに広げていたボードゲームを片付けると食卓についた。
日曜日のお昼、食卓にはチャーハンが丸い皿にこんもりと盛られて三人分並んでいた。
「いただきます」食卓につくやいなやスプーンを手に取りチャーハンの山に突き刺す。腹が減ってるから忙しなくスプーンを口に運ぶ。
「たくちゃん、幼稚園に行くのもあと少しよ。来週は卒園式なんやから、わかってる?」
妻が拓也のほうを向いて話しかけた。
拓也は四月から小学生だ。なんだかあっという間だったな、そんな気がした。
「タイムカプセル、うちも埋めようよ」拓也は母親の質問に答えるかわりに、最近幼稚園でやったイベントのことを話しはじめた。卒園前のイベントとして幼稚園でタイムカプセルを埋めたことを思い出したようだ。
「へえ面白いな。なにを埋めたか覚えてる?」
私は拓也が埋めたものに興味を持った。
「絵、描いた」拓也はご飯をぽろぽろこぼしながら答えた。「なんの絵?」妻が興味深々という顔で拓也の頬についたご飯粒をつまむ。
「お父さんとお母さんとぼくの絵」拓也はチャーハンに悪戦苦闘しながら答えた。
庭にタイムカプセルを埋めてみるか、考えながら私は最後の一口を食べ終えた。
「拓也、ここにしようや」私が庭の隅を指差すと、「うん」拓也は素直に返事をした。
昼ご飯を済ませたあと、拓也は長い時間を掛けて手紙を書いた。「お父さんは、あっち行っとって」手紙の中身は見せてくれなかったが、私と妻に宛てて書いたものらしい。幼稚園に倣って我が家もタイムカプセルを埋めることにしたのだ。掘り起こすのは十年後だ。
拓也はスコップでしばらく掘ったあと、すぐに「お父さん、掘って」と音を上げた。
三月に入り気温が高い日が続いている。掘りはじめると、たちまち全身から汗が噴き出した。私は汗を飛ばしながら掘り続けた。
「幼稚園のよりおっきい」拓也は私が掘った穴を見て感動したように目を丸くした。
「すごいだろ」私は胸を張った。
タイムカプセルにはジャムが入っていた小さな瓶を使った。拓也が書いた手紙を瓶に入れて穴の底に置いた。「タイムカプセルできたね」息子は幼稚園でやったイベントが家でできたことに飛び跳ねて喜んでいた。
土を戻したあと、目印に近くにあった小石を置いた。「拓也、この石が目印だからな」
うん、息子は素直にうなずいた。
「たくちゃん、おやつの時間よ。今日のおやつはプリンだから、あがっておいで」妻が絶妙のタイミングで窓から声を張り上げた。
「久しぶりにボードゲームでもやるか」私はリビングで横になっている拓也を誘った。だが、「いそがしい。やることあるけ」拓也の返事は冷たい。やることってなんだ、と訊くまでもない。スマホをいじってるだけだ。
十年後、拓也は現在進行形の反抗期を迎えている。高校生だ。私なんかと遊ぶわけない。返事はわかっているのだが、あのころが懐かしくてつい声を掛けてしまう。
拓也の態度は私よりも妻に対して酷い。先日なんか「うるせえババア」と言われたらしい。「昔はお母さんが大好きって言ってたのに」妻はショックでしばらく寝込んでいた。
変わらないのは親だけだとつくづく思う。
ちなみに十年後の私たちに宛てた手紙が入ったタイムカプセルはすでにない。本人はどんな手紙を書いたかはもちろん、そんなことをしたことさえ忘れているはずだ。
覚えているのは親だけ。私はあのときのことを懐かしく思い出した。
「お父さん、タイムカプセル開けようよ」
拓也はおやつを食べるとすぐに言った。プリンのカラメルが口の端についている。
「え、さっき埋めたばっかじゃん」十年どころか十分も経っていない。いくらなんでも早過ぎるだろ。だが、拓也は早くも庭に向かって走り出していた。「おいおい、お父さんも行くから、待ってよ」私は後を追いかけた。
「はい、お父さん」「はい、お母さん」それぞれに手紙を渡された。結局、早く読んでもらいたかっただけだろう。最近、ようやくひらがなを書けるようになったのだから。
手紙にはこう書かれていた。おとうさんへ。いつもいっぱいあそんでくれてありがとう。おしごとがんばってください。
妻にはなんて書いてあったのかな? 残念ながら彼女は手紙を失くしたらしい。
拓也のタイムカプセルは十年どころか十分ほどしか埋まってなかった。だが、結果的に私にとって永遠のタイムカプセルになった。いまもタンスの奥には目印の小石と一緒に手紙が大切に仕舞われている。