阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「一生暦」白浜釘之
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。母子ともに健康です」
型どおりの挨拶が終わると、医師はそっと一枚のハードディスクを手渡してきた。
私はそれを微かに震える手で受け取った。
妻の出産そのものよりも、こちらの内容の方が、実ははるかに重要なものだからだ。
すぐにでも妻の元に駆け寄りたい気持ちを抑え、私はそのディスクをポケットに入れたまま、病院の休憩室に急いだ。
鞄から携帯端末を取り出し、ディスクをセットする。
端末の画面に今日の日付と、息子の生まれた時間が現れた。
不思議なもので、まだ実際に顔を見ていなくても、その数字だけで自分が父親になったことが実感され、思わず目頭が熱くなった。
しかし、そんな感慨に浸っている場合ではない。
私はすぐに画面を進めていった。
まず今日からしなければならないことが、画面上のカレンダーにいくつも書かれていた。
この日までに出生届を提出する、新生児検診はこの日、国民登録義務はこの日までに済ませる……。
さらに慣習で行う行事、お七夜、お食い初め、初節句、お宮参り、などなど。
私は、とりあえずざっと目を通すと、すぐに画面を進める。二年後にはもう幼稚園への入園の予定が入っていた。
この近所の公立の幼稚園だった。私は、ほっとしたような、ちょっと物足りないような気分でさらに画面を進める。
さらに小学校へ入学する時期まで一気にカレンダーを進めてみた。
果たして、無事にこの区域の公立の小学校に入学する日付を見つけた。
そのまま画面をスクロールさせる。
中学校はちょっと離れた区域の進学校へ、さらに高校はこの地域内での一番の進学校への入学が十五年後の春に予定されていた。
そして大学への進学も予定されており、私はそこでこらえきれずに涙を零してしまった。
もちろん、息子の学歴など本来はどうでもいいことで、私は別に息子が無事に成長さえしてくれればそれでよかったのだ。
しかし、それでも私が息子の学歴を気にしてしまったのには理由があった。
かつて、私は、遺伝情報などから政府によって自分に最適な進路を示されているこの『一生暦』に逆らっていた時期があったからだ。
大学で文学に出合った私は、作家こそ自分の天職と考え、大学卒業後に予定されていた企業への入社を辞退し、短期労働をしながら文学賞への応募を繰り返していたことがあったのだ。
当然、『一生暦』の内容は書き換えられ、私は結婚の時期を遅らされ、さらには終命……つまりは政府によって安楽死を受ける年齢……の時期を早められたりもしたが、私はそれでも自分の道を信じていた。
だが、やがて自分の才能の限界を知らされると、遅ればせながらやはり政府の判断に間違いがないことに気づかされ、こうして社会に復帰して、愛する妻と結婚し、子供を持つことができたというわけだった。
この私の経歴によって、息子の学歴などが下げられてしまったら、という思いがずっとあったので私は思わず泣いてしまったのだ。
「がんばったな。ありがとう」
私は涙を拭い、何食わぬ顔で妻の病室へと向かった。傍らにはまだどちらに似ているとも判別の付かない息子が小さなベッドで眠っていた。
妻は何も言わずに頷くと、
「どうでした?」
と、私が持っているディスクに目をやって問いかけてきた。
もし、あまり芳しい結果でなかったら、彼女に負担をかけてしまうことになると思い、私が先にこの中身を確かめることに決めてあったからだ。
「大丈夫。ちゃんとした大学まで無事に進学できるようだ」
「良かった……」
妻も安堵したのか、笑顔を見せた。
彼女も、若い時の過ちで私と同じようにこの暦に逆らって生きていた時期があったのだ。
「あら、でも残念ですわね」
私から受け取ったディスクを端末にセットして、画面で息子の『未来の成長記録』を愛おしそうに眺めていた妻がちょっと眉を曇らせた。
「私たち孫の顔を見ることはできませんわ」
見ると、息子の結婚の時期は、我々の終命の時期よりほんの少し後だった。
「まあ仕方ないさ」
私は彼女の肩に手を置いて皮肉に微笑んだ。
「人生、あらかじめ決められたもののように全てがうまく行くわけじゃないからね」