文章表現トレーニングジム 佳作「平成の風呂」こっち
第21回 文章表現トレーニングジム 佳作「平成の風呂」こっち
ここ三~四十年あまりの水回りの進歩は凄まじいと思う。特に風呂に関しては、平成と昭和ではまったくの別物だ。今や、自動の湯はり機能や浴室乾燥機などは当たり前のように付いているし、床は短時間でカラリと乾く。あちらこちらに手すりがあって、移動も楽にできる。ゆったりと手足を伸ばして寛ぐとき、一日の疲れが本当に溶けていくような気分になる。そして私は、実家の風呂を思い出す。おばあちゃんと一緒に入っていた風呂だ。
私が幼いころ、実家の風呂はまさに『昭和の風呂』だった。薄い板だったドアはふやけて波打っていたし、浴室は冷たい石造りだった。二層式の洗濯機は浴室の中に置かれていた。当時は洗濯パンなどという設置場所はなかったので、洗濯機はコンクリートブロックの上に乗せられ、排水は風呂の排水溝に直に流していた。その排水溝も大きな穴で、格子状の蓋が無造作に置かれているだけだった。海辺の町だったため、排水溝からはしばしば蟹が上ってきた。お湯をかけて追い返すと、蟹は真っ赤になって逃げていった。夫に話すと「それは昭和の風呂というよりかなり特殊な風呂だ」と言ってなかなか信じてもらえない。
もし今、おばあちゃんが生きていたら。『平成の風呂』に入れてあげたいなぁとつくづく思う。蟹と格闘することなく、ゆっくり寛いでもらえることだろう。