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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「哀愁のピン」 阿門遊

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第44回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「哀愁のピン」 阿門遊

今、まさに、ピストルが空に向かってが轟を鳴らそうとしていた。

「いよいよスタートか」

ピンは屈伸運動をやめると、鼻から息を吸い、口から大きく息を吐いた。

「頑張って」「必ず優勝するんだぞ」

スタート地点では、ピンの両親を始め、弟や妹たち、父方、母方の祖父母や叔父、叔母たちなど一族郎党が熱い声援を送っていた。

負けるわけにはいかない。震える心を抑えるため、両手でほっぺたやふとももを叩く。

ピンの周りには、鉛筆や三角定規などの文房具たちと、トンカチやノコギリなどの大工道具たちもマラソン大会に出場していた。このマラソン大会は、文房具一族と大工道具一族の名誉と威信をかけた大会であると同時に、優勝した一族は家の主人から大切に扱われることになるのだ。

これまでも、ピンや鉛筆などの文房具一族が優勝してきた。ピンの父も、祖父も、その曾祖父も、大会に参加し、仲間の文房具一族と伴に優勝に貢献してきた。

「パーン」空砲がこだまする。

文房具や大工道具たちが一斉に飛び出した。トップはピンである。体の軽さを最大限に生かしてダッシュしたのだ。その背中を鉛筆が追う。風の抵抗を最小限に抑制するために先端をジェット機のように尖らせている。その後ろには、三角定規、消しゴム、トンカチ、ノコギリと続き、最後はカンナである。文房具一族が先行し、大工道具一族はその後塵を拝している。

大工道具一族は、体が大きく、体重が重いため、マラソンには不利である。だから、主人には、スタートを早くするなど、ハンディをつけて欲しいと直訴しているが、主人は「文房具は毎日のように使うけれど、大工道具は週に1回使用するかどうかだ。それだけ暇で、力を持て余しているはずだ」とにべにもなく相手にされなかった。

それなら、主人を見返してやろうと、ランニング養成ギブスを身に着け、ちゃぶ台をひっくり返されそうとも耐え、血反吐を吐くような練習を積み重ねてきたのだった。

その効果が出たのか。いつもならば、文房具たちからかなり遅れているのに、今年はすぐ後ろに着いていた。カンナを先頭に、地面を滑るように走っていたのだ。

「これはいかん」

ピンたちはスピードを加速する。その時。ドーンという大きな音がした。地面が大きく揺れた。文房具たちは一斉に転んだ。それを横目に大工道具たちが抜き去っていく。トンカチが地面を叩き、地震を起こしたのだった。

そんな馬鹿な。あの図体ばかりがでかい大工道具たちにマラソンで負ければ、文房具一族の名折れだ。

ピンを始め、文房具たちは、すぐさま立ち上がると大工道具たちを追走する。

目の前は川だ。大工道具たちが先に渡り切る。ノコギリは振り返り、橋脚を切り始めた。

「卑怯だぞ」ピンが叫んだものの、その声と同時に、橋げたが川に落ちた。

「くそ」「向こう岸に渡れないぞ」

文房具たちは川岸で立ち尽くし、地団太を踏む。その振動は大工道具には届かない。

「俺に任せろ」

コンパスが股関節を180度に広げ、くるりと回転すると向こう岸に足を着ける。

「俺を渡っていけ」「すまない」

ピンを始め、文房具たちはコンパスのためにも絶対負けられないと互いに誓い合う。

ゴールが見えてきた。先頭は大工道具のキリだ。鉛筆以上に先端を尖らせ、ロケット型に変形している。ゴールはすぐそこだ。

このままでは負ける。そうピンが思った瞬間、「俺たちに任せろ」と輪ゴムと三角定規がゴム鉄砲に変身した。「さあ、捕まれ」

ピンが勢いよく飛び跳ねた。大工道具たちをどんどんと飛び越えていく。先頭のキリも越えた。ゴールのテープを切るだけだ。しかし、ピンが描く放物線は希望とは反比例に失速し、ゴール手前の地面に突き刺さった。

「ぬ、抜けない」

ピンが慌てている間に、キリがトップでゴールした。地面に突き刺さったままのピンを横目に見ながら、大工道具や文房具たちもゴールした。やっと自力で抜け出したピンは、結局、ビリだった。大喜びではしゃぐ大工道具たちと意気消沈で泣き崩れる文房具たち。

主人からキリに表彰状が手渡される。

「今日からは、「ピンからキリまで」を改め、「キリからピンまでだ」」

その日以来、大工道具たちは日の差す床の間に飾られるとともに、反対に、文房具たちは暗い押し入れの隅に追いやられた。

「くそ。ら、来年こそは」

ピンたち文房具の、押しピンを踏み、インクを舐める哀しみの1年が始まった。