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阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「標本」瀧なつ子

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第44回 阿刀田高のTO-BE小説工房 選外佳作「標本」瀧なつ子

みなさんの趣味は何でしょう。

スポーツや音楽、読書なんかもいいですよね。

でも、とりわけ何かを創る趣味っていうのは、崇高な感じがしませんか?

僕は、標本作りが好きなんです。

標本といっても色々で、みなさんがすぐ思いつくのは液体標本でしょう。他には、骨格標本や、あとは、剥製なんかも標本のうちに入りますね。

気持ち悪いと思う方も、いるかもしれませんが、僕は美しいと思います。上手な人が作った標本は、学問的観点からも、芸術的観点からも、申し分ないものです。

死んでいるのに、生きているかのようでもあり、亡骸にその命を閉じ込めたというか。

死と生の美を、両方揃えた究極の芸術だともいえます。

僕がよく作るのは、乾燥標本というやつです。木の箱に入った昆虫標本なんかがそれです。

なんといっても、他の種類の標本に比べて手間が少ないのが魅力ですね。剥製なんて、難しい上に失敗してしまうと無様この上ないですから。

まず、お気に入りの個体を、消毒します。

もう、ここから美しい。

エタノールの刺激臭と、それに浮く個体がなんというか、昔流行った「死体洗い」の都市伝説を想起させます。

でも僕は、噂にあるみたいに、ぞんざいに死体を扱ったりはしませんよ。

死後硬直していますからね。腕や脚を痛めないように、そっとガーゼで拭いて、あとはエタノールが乾燥しきるまで保存します。

その後、お湯につけて柔らかくしながら、標本にとどめたいポーズを考えていきます。

同じポーズの標本は作らないことにしているので、毎度毎度頭を使いますが、でもこれも楽しい作業です。

身体が柔らかくなったらお待ちかね、乾燥標本作りで一番楽しい作業です。

発泡スチロールの板にそっと個体をのせ、ピンで固定していきます。

このねえ、ピンを刺していく工程が本当に快感なのですよ。

まず、腹の辺りに一本貫通させるのですが、そのときほんの少し身体や頭が動いて、もしやまだ生きているのではと錯覚するのです。

その後、そうっと肢体を動かして形を整えながら、ピンを刺していくのです。

あの、感触。

キリストを十字架に磔(はりつけ)にしているかのような罪悪感さえ覚えるのです。

そして、ああ、標本というのはなんと背徳的な芸術か、と、自らの行為に酔ってしまうのです。

酔いしれながらも、慎重に、指の関節一つ一つの角度にも細心の注意を払いながら、ぐっ、ぐっと、ピンを刺していくのです。

理想の姿勢になるように、右から見たり、下から見たり、歪んでいないか細かくチェックします。

そうしているうちに、ああ、この子はこんなところにこんな痕がある、とか、爪の形が綺麗な子だとか、今まで気がつかなかったことが見えてくるから不思議です。

自分の考えたポーズがなかなかよくできたんじゃないかと思うときは、達成感があります。

でも、まだこれで完成じゃないんです。

標本はまだ、針のむしろです。

込み入ったポーズのときには、数百本のピンが刺さっています。

この状態で、一ヶ月ほど固定しておきます。

すずしい部屋で、防虫剤やら防腐剤やらと一緒に保管しておくのです。

手間は少ないけれど、あっという間にできないというところにも、趣があるでしょう?

そうしてできた標本から、最後にピンを抜く作業が残っています。

これは、またピンを刺すときと違った悦びがあるんですよ。

その子を苦しみから解放させるというか、解き放つというか。

刺すときは背徳的なのに、抜くときは善行をしている気分になるんです。

そして、ほんの少しのピンを残して、さあ、できあがり。

どうです。

永遠の美です。

この、白く濁った瞳と、透き通った青い肌が、死と生、双方を閉じ込めていると思いませんか?

あなたもきっと、やめられなくなりますよ。

この、罪深く、神聖な行為を。