阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「数秒後の世界」川畑嵐之
土手を歩いていた。気持ちのいい季節で散歩には最適だった。
私は気分がよかった。休日でのんびり散歩となるとそれだけでも気分がよくなってしかるべきだが、会社の仕事がうまくいってひと段落ついたというのはなんとも爽快な気分にさせるのだ。
小鳥のさえずりや、河川敷でボール遊びしている子供たちの声も祝福しているかのように聞こえた。
そして川面がきらきらと輝いて綺麗に見え、その川のせせらぎを聴きたいとふと思って、土手をおりることにした。
草の上をすべるようにおりたので、すこしスピードがついた。
すっころびでもすれば、近くで子供たちがボールを蹴っていたので、見られて笑われもしただろう。でも、はやあしになったもののころびはしなかったので安堵の笑みがでた。
草むらにはいって、川面に近づいて観た。ちゃぷちゃぷと気持ちよさそうな音をたてて、流れている。
これが暑い夏なら、泳いでみたいところでもあった。
でも、いまはそういう季節でもなく、またこの川は案外深くて危険かもしれなかった。
深呼吸をして、川岸を歩こうと少しもどろうとしたときだった。
足元になにか半分うまっている物に気づいた。それは深緑色のまつぼっくりか、パイナップルのようにも見えた。
ひっこぬいてみる。ずっしりと重い。半分泥にまみれていた。
それは手りゅう弾とわかった。その証拠に頭から芯のようなものがでていて、そこにひものようなものがついている。よく見るとそのひもはピンの先についていた。
これをひっこぬくと爆発するのだろうか。
いや、そもそもなぜ手りゅう弾がこんなところに?
旧日本軍のものがずっとうまっていたのか? いやいや本物とはかぎらないではないか? 精巧なレプリカかもしれない。
本物か、偽物か。くるくるまわして、周囲を見てもわからなかった。
こういうのは底になにか書いてあるかもしれない。泥をぬぐって見ようとした。
そのときだった。ひもが落ちたのは。目をこらすとピンもいっしょにぬけ落ちている。
ぞっとした。不吉な予感をあおるかのようにカラスが馬鹿にした鳴き声をあげているのが近くで聞こえる。
手りゅう弾なら数秒後に爆発するのだろうか。いや、日本軍のものなら一度ヘルメットなどで叩くのではなかったか?
わからない。本物だとしても、こんな川の近くで見つかったもの。湿っていて爆発などしないだろう。いやいや軍事用なら水への耐久性も半端ないかもしれない。何十年とたっていても生きているかもしれないではないか。
いや、ピンがぬけてももどせばいいだけではないか?
子供の声が聞こえる。
すぐ逃げろ! ここから離れろ! と叫ぶべきではないか。
いやいや、川の遠くに投げればすむ話。
いやいやいや、すぐこの場を離れろ。
このようなことを走馬燈のように考えた。
走馬燈? 死ぬのだろうか?
さてさて、このような逡巡をしているあいだにも一秒一秒とすぎていく。
そのあと、どうなったのか。
その一。なにもおこらなかった。
その二。すぐ爆発した。手がふっとんだ。
その三。川に投げて水中で爆発して、水柱があがった。
その四。ボール遊びをしていたボールが手に当たって爆発した。
その五。カラスがそれを手からうばいとっていき空中で爆発した。
その六。その場にそれをそっと置き、警察に通報して、警察や自衛隊が来て大騒ぎになった。それでマスコミに取材をうけた。休みあけに会社でその話題でもちきりになった。
その七。警察に通報して、おまわりさんが来て、すぐ偽物とわかり、笑われた。
さて、どれだったのでしょうか。