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阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「隣人のメッセージ」藤岡靖朝

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作文・エッセイ
結果発表
TO-BE小説工房
第41回 阿刀田高のTO-BE小説工房 佳作「隣人のメッセージ」藤岡靖朝

まさかこんな事態が本当に起こるなんて誰も信じていなかっただろうが、現実にその日はやって来てしまった。世界核戦争が起こったのである。

A国、B国、C国……、とにかく核兵器を持っている国々はまるで競うように核ミサイルを撃ちまくった。防衛システムが働いて迎撃ミサイルを発射した国もあったが本当の実戦の舞台ではほとんど命中せず、稀に当たっても自国の上で核爆弾が爆発して被害が出ただけで何の意味もなかった。

瞬時に世界中で何十億人もの犠牲者がでた。生き残った人はごくわずかだった。核ミサイルを撃った大国の指導者たちはたいてい一撃を免れシェルターに逃れて無事だった。なかには家族と政財界のお友だちだけを連れて立派なシェルターに避難したものの、危機意識の低い業者の設計ミスで放射能汚染に見舞われ、大変な目に遭ったお金持ち大国の首領のような笑えないケースもあったという。

俺はもとより特権階級の一員ではないが、一般の国民用に用意された市民シェルターのひとつにもぐり込んだ。国民を守ることに無策な政権が自分たちへの批判をかわすための見せかけに作ったものだから数が充分にあるわけではない。幸運だった、と思われるかもしれないが、果たしてそう言えるのかどうか……。実は、俺の前にいた老夫婦を引きずり倒してこのシェルターをゲットし、何とか自分のものにしたのだ。核戦争という生きるか死ぬかの非常時なのだから仕方ないだろう。

シェルターは一人用で六ヵ月分の水と食料が備蓄されている。当然ながら補給など出来ないから、もしも無理に二人で入ったとすると三ヶ月、三人なら二ヶ月しか持たないことになる。みんなで仲良く分け合いましょう、などとキレイごとは言っていられないのだ。

各シェルターの内部には自家発電装置が置かれインターネットの通信網が引かれていて外の世界とつながっていた。笑わせるな!

たしかにつながっていた、最初の数時間だけだったが。核戦争が起きて世界中が破壊されて高い放射能が渦を巻いているのだ。ネットのサーバー基地も通信インフラも被害を受けたばかりか誰も修理することすら出来ない。すぐに使えなくなるのは明白だった。

何とか生き延びた俺は、いや俺たちはそれぞれがシェルターという孤独の空間に閉じ込められ、外の放射線量が重大な危険を及ぼすことはない程度に下がるまでは身動きが取れなくなってしまった。

もはや自分以外の人間とコンタクトを取ることは不可能になり、手に入る情報はシェルターの外の放射線量の数字だけだった。その観測装置はモニタリングポストと呼ばれたが、ポストといってもここに郵便物が届くことはもうありえない。それまでは当たり前だった社会生活が完全に破壊されたことをあらためて思い知らされた。

悶々とした数日が過ぎた頃、シェルターの片方の壁越しに物音がするのに気がついた。隣りあうシェルターの向こうから聞こえてくるのだが、どうも誰かが壁を叩いているような音がする。

壁を叩く? 今いるところは高い放射能から守ってくれる頑丈なシェルターの中のはずだ。安普請のアパートみたいに壁を叩く音が届くものだろうか。

しかし、耳を澄ましてみると、たしかにコツコツとかすかな音が響いてくる。単調でもあり、どこかリズミカルで意味ありげなパターンに聞こえなくもない。

一体、誰が? そもそも隣人がどういう人物なのか知るはずもないし、知りようもない。非常事態において市民シェルターは早い者勝ちで飛び込んだ人が獲得したのだ。

何かを伝えようとしているのだろうか? 大切な情報があって親切にも教えてやろうということなのか、あるいは隣のシェルターで何か重大な事態が発生して緊急のSOS信号を発しているのだろうか。仮にそうだとしても、助けに行くことなど到底出来ないのが現状なのは向こうも分かっているはずだと思う

のだが。

しばらくの間、他のことを考えたりして気を紛らわせてはみたものの、意識を聴くことに集中させるとやはり隣人の壁を叩く音が耳に入ってくるのだった。

何のメッセージなんだ、一体! 俺はまわりを見渡して自分が置かれている状況を確認した。どうしてこんなことになってしまったんだろう。昨日までは普通の生活を送っていたというのに。この先どうやって生きていくというのか。希望も未来もなく悲惨な絶望があるばかりだ。

考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだった。そのとき、隣の人が壁を叩く意味がようやく分かった。だが、次の瞬間、俺はもう行動を起こしていた。シェルターの反対側の壁を無意識のうちに叩いていたのだ。