文章表現トレーニングジム 佳作「牛乳の前は」 高橋さや
第10回 文章表現トレーニングジム 佳作「牛乳の前は」 高橋さや
小学校に入って、給食に時間に出されたのがスキムミルク=脱脂粉乳だった。家でも保育園でも飲んだことのない味だった。たまに母から買ってもらって、兄と半分ずつ分けっこして飲んだビン牛乳の味とも違っていた。
サラリと軽くてかすかに甘く、ツンと牛の匂いがした。「おいしいっ」と思えて、ゴクゴク飲んだ。好きな味になった。
小学校を卒業するまで、ずっとスキムミルクは出続けたポット型の注ぎ口のあるアルマイトの入れ物に入って来ていた。底や横が数々の衝撃の傷を受けペコペコに波打っている入れ物だった。
「イヤだ。キライ。味がヘン。飲めない」
という級友も多くいた。わたしは不思議に思っていた。なんでこんなにおいしいのを飲めないんだろ。この味がおいしくないなんて、なんてもったいないんだろ――と。
スキムミルクは粉を溶かしたものなので、どうしても入れ物の底にドロドロの溶け残りが沈み込むのである。味がギュッと凝縮し、濃く甘いクリーム状になっている。もちろんお代わりをし「うへえ、気持ち悪い」と言うスキムミルク嫌いな男子に「何がっ」と返しお椀に注いでゴクゴク飲んだ。
あんなに好きだったのに、スキムミルクをとんと飲んでいない。スーパーで見つけて買って飲んだこともあるが「あれえ、こんな味だっけ」と肩すかしをくう。中学校給食から牛乳を飲み続け、その味に侵略されたのだ。