文章表現トレーニングジム 佳作「白い十字架」 中村実千代
第7回 文章表現トレーニングジム 佳作「白い十字架」 中村実千代
私にとって「オリンピック」と言ったら、「白い十字架」だ。
一九六四年の東京オリンピックのとき私は十歳だった。日本で開催される初めてのオリンピックだから、国民全員が歓喜の渦に巻き込まれた。
私はテレビにかじりついて日本選手の活躍を応援した。そのなかでも体操競技が一番気に入っていた。
主将の遠藤選手は、真っ白なユニホームで筋肉隆々の上半身をさらけ出し、すべての競技で高得点をたたき出す。とくに吊り輪では、腕と脚を伸ばし十字になる姿がかっこよかった。「白い十字架」だ。
数年後、中学校の体育館落成式に遠藤選手が招かれた。新品の吊り輪に白い十字形になってまっすぐ前を見る彼は、神々しかった。
マイクを通して話す声は柔らかく優しかった。代表の生徒にマット運動を教えるときは、終始笑顔で思いやりに満ちていた。
彼が亡くなったとき、不遇な生い立ちを知った。両親を亡くした遠藤選手は身寄りがないので、児童養護施設で育ったという。
どんなに淋しい子供時代を過ごしたことだろう。世界チャンピオンになるための練習は、何を支えにして続けていたのだろう。
三年後の東京オリンピックに、子供達の心に残る映像はあるのだろうか。五十数年を経てもなお、白く輝く十字架はあるのだろうか。