佳作「「高級」な駄菓子 シツタマキ」
第6回 文章表現トレーニングジム 佳作「『高級』な駄菓子 シツタマキ」
駄菓子が仲間内で「高級品」として流通していた一時期がある。場所はヴェネツィア。時は二十年以上も前になるだろうか。私たちイタリア留学生仲間は、数か月に一度、兄貴分の留学生の住むヴェネツィアのアパートに集まり、情報交換や近況報告を兼ねて持ち寄りパーティーをしていた。滞在許可証の更新のしかた、安い航空チケットのとり方、研究上の悩みや楽しみ、日本のニュースなど、取り留めなくお喋りするこの集まりを、私たちは「寄り合い」と呼んでいた。異国にいるとわざと古めかしい言葉を使いたくなるものだ。
駄菓子は、遠い異国ではこの上なく稀少ゆえに「高級品」となる。ヨーロッパのイタリアでは、ベルギーの高級チョコもフランスの有名マカロンも高級店に行けば買えた。しかし、日本の駄菓子を売る店はどこにもなかった。今や「高級品」と化した御煎餅、甘納豆、おかき等のお馴染みの駄菓子は、論文をコピーして貰ったお礼、荷物を運ぶのを手伝って貰ったお礼、日本の週刊誌や新聞を譲って貰ったお礼として、私たちの間を、いろんな方向から方向へと飛び交った。
仲間の一人に殊のほか「柿の種」を愛好する彫刻専攻の青年がいた。彼は酔うと、彫刻で芽が出なかったら、「柿の種」の会社に入ってイタリア支店を作りたいと、冗談とも本気ともつかぬ夢をしばしば語っていた。のち、彼は彫刻家として成功した。幸か不幸か、「高級」な柿の種屋さんになることはなかった。