小説公募で時事ネタは禁じ手⁉「新人賞で取り上げてはいけない題材」を解説!


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
角川春樹小説賞
今回は、角川春樹小説賞について述べることにする。第四回の今回は、最終選考で物議を醸したことが記憶に新しい。
最終候補に残った四編の内の一作が、選考委員長の北方謙三の「京都を舞台にしながら目明かしが出てくる。京都にあるのは京都所司代であり、町奉行所は京都にはない。そうした時代考証をもう少しきちっとしたほうがいい」という講評で落とされたのだが、時代考証を間違えていたのは、実は北方氏のほう。
ちょっとでも時代劇を囓った人間なら長谷川平蔵宣雄(いわゆる鬼平の父)が火付盗賊改から京都西町奉行に転じたことは常識として知っているし、幕末には同じく火付盗賊改から京都東町奉行に転じ、さらには第二回遣欧使節団を正使として率い、フランス軍艦ル・モンジュ号で渡欧、途中でエジプトの三大ピラミッドとスフィンクスの前で記念写真を撮ったことで名高い池田長発なども出ている。
以前、松本清張賞で時代考証間違いだらけの作品が受賞し、間違いが正されないまま刊行されたことを取り上げたが、その程度は可愛いものに思えてくるから怖ろしい。他の二人の選考委員も編集部も北方氏の考証間違いの無知に気づかなかったのだから『2ちゃんねる』が、この件に関して炎上に近いほど賑わったのも無理はない。松本清張賞のように時代考証間違いがあっても予選突破できる事例の正反対で、正しい時代考証をしていながら「間違いだ」と決めつけられて落とされたのでは、応募者としては堪ったものではない。
時代劇では売れっ子の鈴木英治や長谷川卓を出した角川春樹小説賞がこの体たらくでは(その間、十一年の空白期間があるが)実に嘆かわしいと言わざるを得ない。小松左京賞も打ち切られたし、最悪、また募集中止に追い込まれる事態さえも考えられる。時代考証に自信のある人は角川春樹小説賞は回避し、朝日時代小説大賞を狙うことをお勧めする。
さて、最新の受賞作『加羅の風』(鈴木みく)は未刊なので第三回受賞作『新小岩パラダイス』(又井健太)について論じるのだが、その前に、私が主催する小説講座の生徒に注意していることがある。小説現代長編新人賞と朝日時代小説大賞W受賞の仁志さんも「小説の禁じ手、新人賞で取り上げてはいけない題材」と書いておられたが、それである。
未成年者の非行(喫煙・飲酒・暴走族)・リストラ離婚・DV・虐め・セクハラ・パワハラ・引き籠もり・自殺未遂・不倫・ストーカー・オタク・フリーター・ホームレス・売春・水商売・オカマ・同性愛・鬱病・統合失調症・性同一性症候群・カルト宗教などは、あまりに大量に新人賞応募作で送られてくるので、下読み選者が真面目に読まない。
これらは、新聞やテレビなどのマスコミで頻繁に取り上げられた、一種の“時事ネタ”である。時事ネタは、新人賞を狙う多くのアマチュアが「こういうテーマの物語は、受ける」と勘違いして好んで取り上げるのだが、新人賞は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもので、「どこかで見たような物語」は「創造力・想像力不足」と見なされるし、他の応募者と似た物語は「独創性に欠ける」と見なされ、どれほど面白くても落とされる。中には「面白ければ、前例があってもOK」という新人賞もあるが、極めて少数派。
これらをテーマに取り上げて新人賞の予選突破を図るのは“駱駝が針の穴を抜ける”のと同程度の難しさとなる(ここで言う“針の穴”とは、縫い針の穴の意味ではなく、イスラエルにある古い神殿の最も狭く低い門の名前で、子駱駝ならば辛うじて抜けられる)。
で、又井の『新小岩』は、もろに、これに引っ掛かっている。主人公の長瀬正志は冒頭で会社が倒産、同棲していた恋人に全財産を処分されて逃げられる。前述の「リストラ離婚」に該当する。ホームレスになりかけ、絶望して自殺しようとしてオカマに助けられ……と、ほとんど右に列挙したNG要素のオンパレード。よくこれで予選突破できたものだと、いささか呆れた。再開第一回ということで応募作品数が少なく、そのために“超ありきたり素材”だという事実に予備選考から本選まで含めて選考委員が気づかなかったか。
いずれにせよ「角川春樹小説賞は、こういうのでもOKなんだ!」と変に勘違いして応募すると、今度は、さすがに酷似作品が殺到するだろうから、ほぼ確実に予選で落ちる。
つまり『新小岩』は「こういう作品を新人賞の応募作として書いてはいけない見本」として捉えて、前記のNGテーマと照合しつつ、丁寧にメモを取りながら読んでほしい。
「面白ければ、前例があってもOK」という“救済ルール”に照らして読んでみても『新小岩』には、そこまで傑出した面白さはない。ストーリー展開も主人公のキャラ立て(一応、立ってはいるが)も、ライトノベルでよくあるレベルを、一歩も出ていない。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
角川春樹小説賞
今回は、角川春樹小説賞について述べることにする。第四回の今回は、最終選考で物議を醸したことが記憶に新しい。
最終候補に残った四編の内の一作が、選考委員長の北方謙三の「京都を舞台にしながら目明かしが出てくる。京都にあるのは京都所司代であり、町奉行所は京都にはない。そうした時代考証をもう少しきちっとしたほうがいい」という講評で落とされたのだが、時代考証を間違えていたのは、実は北方氏のほう。
ちょっとでも時代劇を囓った人間なら長谷川平蔵宣雄(いわゆる鬼平の父)が火付盗賊改から京都西町奉行に転じたことは常識として知っているし、幕末には同じく火付盗賊改から京都東町奉行に転じ、さらには第二回遣欧使節団を正使として率い、フランス軍艦ル・モンジュ号で渡欧、途中でエジプトの三大ピラミッドとスフィンクスの前で記念写真を撮ったことで名高い池田長発なども出ている。
以前、松本清張賞で時代考証間違いだらけの作品が受賞し、間違いが正されないまま刊行されたことを取り上げたが、その程度は可愛いものに思えてくるから怖ろしい。他の二人の選考委員も編集部も北方氏の考証間違いの無知に気づかなかったのだから『2ちゃんねる』が、この件に関して炎上に近いほど賑わったのも無理はない。松本清張賞のように時代考証間違いがあっても予選突破できる事例の正反対で、正しい時代考証をしていながら「間違いだ」と決めつけられて落とされたのでは、応募者としては堪ったものではない。
時代劇では売れっ子の鈴木英治や長谷川卓を出した角川春樹小説賞がこの体たらくでは(その間、十一年の空白期間があるが)実に嘆かわしいと言わざるを得ない。小松左京賞も打ち切られたし、最悪、また募集中止に追い込まれる事態さえも考えられる。時代考証に自信のある人は角川春樹小説賞は回避し、朝日時代小説大賞を狙うことをお勧めする。
さて、最新の受賞作『加羅の風』(鈴木みく)は未刊なので第三回受賞作『新小岩パラダイス』(又井健太)について論じるのだが、その前に、私が主催する小説講座の生徒に注意していることがある。小説現代長編新人賞と朝日時代小説大賞W受賞の仁志さんも「小説の禁じ手、新人賞で取り上げてはいけない題材」と書いておられたが、それである。
未成年者の非行(喫煙・飲酒・暴走族)・リストラ離婚・DV・虐め・セクハラ・パワハラ・引き籠もり・自殺未遂・不倫・ストーカー・オタク・フリーター・ホームレス・売春・水商売・オカマ・同性愛・鬱病・統合失調症・性同一性症候群・カルト宗教などは、あまりに大量に新人賞応募作で送られてくるので、下読み選者が真面目に読まない。
これらは、新聞やテレビなどのマスコミで頻繁に取り上げられた、一種の“時事ネタ”である。時事ネタは、新人賞を狙う多くのアマチュアが「こういうテーマの物語は、受ける」と勘違いして好んで取り上げるのだが、新人賞は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもので、「どこかで見たような物語」は「創造力・想像力不足」と見なされるし、他の応募者と似た物語は「独創性に欠ける」と見なされ、どれほど面白くても落とされる。中には「面白ければ、前例があってもOK」という新人賞もあるが、極めて少数派。
これらをテーマに取り上げて新人賞の予選突破を図るのは“駱駝が針の穴を抜ける”のと同程度の難しさとなる(ここで言う“針の穴”とは、縫い針の穴の意味ではなく、イスラエルにある古い神殿の最も狭く低い門の名前で、子駱駝ならば辛うじて抜けられる)。
で、又井の『新小岩』は、もろに、これに引っ掛かっている。主人公の長瀬正志は冒頭で会社が倒産、同棲していた恋人に全財産を処分されて逃げられる。前述の「リストラ離婚」に該当する。ホームレスになりかけ、絶望して自殺しようとしてオカマに助けられ……と、ほとんど右に列挙したNG要素のオンパレード。よくこれで予選突破できたものだと、いささか呆れた。再開第一回ということで応募作品数が少なく、そのために“超ありきたり素材”だという事実に予備選考から本選まで含めて選考委員が気づかなかったか。
いずれにせよ「角川春樹小説賞は、こういうのでもOKなんだ!」と変に勘違いして応募すると、今度は、さすがに酷似作品が殺到するだろうから、ほぼ確実に予選で落ちる。
つまり『新小岩』は「こういう作品を新人賞の応募作として書いてはいけない見本」として捉えて、前記のNGテーマと照合しつつ、丁寧にメモを取りながら読んでほしい。
「面白ければ、前例があってもOK」という“救済ルール”に照らして読んでみても『新小岩』には、そこまで傑出した面白さはない。ストーリー展開も主人公のキャラ立て(一応、立ってはいるが)も、ライトノベルでよくあるレベルを、一歩も出ていない。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。