受賞のコトバ 2016年7月
女性ならではの感性を生かした小説を募集。選考委員は三浦しをん、辻村深月。大賞受賞者には賞金30万円と体脂肪計付きヘルスメーターが贈られる。
(主催:新潮社)
受賞者:町田そのこ(まちだ・そのこ)
1980年、福岡県生まれ。会社員。好きな作家は氷室冴子、高田郁、西加奈子、小川洋子。現在、内田百閒ブームが到来中。受賞作『カメルーンの青い魚』は新潮社『yom yom』vol.40に掲載された。
夢の半分は、永遠に叶わない。
夢を与えてくれた作家がいる。夢を手放しかけた頃、取り戻してくれた作家がいる。
氷室冴子さんである。
彼女の『クララ白書』を読んだ十歳の私はその世界に夢中になり、絶対に作家になると誓った。そしていつか、彼女と肩を並べるのだと夢想した。
しかし年を重ねるにつれ、決意は思い出に変わった。生活に追われ、時折取り出して眺めるだけの存在にしてしまっていた。
そんな時、彼女が亡くなった。訃報記事を前に動くこともできなかったあの朝を、今でも覚えている。
幼い私に夢をくれた人はもういない。内臓が全て消えたような虚無感が襲った。そして次に、ぽっかり空いたその空間を満たしたのは、怒りだった。お前は一体、今まで何をしていたんだ。
振り返ってみれば、何ともつまらない女が一人いる。田舎の片隅でオバサン予備軍に属し、日々を何となく過ごしている。これじゃ駄目だと思いながら、免罪符のように過去の夢を眺めているだけ。
何もしなかったくせに、夢が潰えたと言うな。努力しなかったくせに、一人前に傷つくな。夢を失ったのはお前自身のせいだ、馬鹿者が。
その時からずっと、書き続けてきた。幾つかの文学賞に作品を送り、『R‐18文学賞』には数年前にも一度応募した。全て一次落ちばかりで、結果を残せな かった。それはそうだ。サボり続けた人間が少し努力しても、簡単に成功するはずがない。まだ足りてない、といつも言い聞かせた。
そんな私が今回、たくさんの方の手を借りて作家の入り口に立たせて頂いた。夢が、半分だけ叶おうとしている。
幼い頃、繰り返し想像してはうっとりしていたシーンがある。私は作家になり、氷室冴子さんと対談という形で初対面を飾るのだ。そして、私は彼女に言う。
『あなたのお蔭で、私は作家になれました』
夢の半分は、永遠に叶わない。しかし、だからこそこれからも頑張っていけると思う。
受賞作:『カメルーンの青い魚』
前歯が抜けた時に溢れだしてきたのは、たった一つの恋の記憶だった。彼と生きた小さな街を歩けば、至る所に思い出がある。それを辿っていると、彼が帰ってきた。
エンタテインメントの魅力あふれる力強いミステリ小説を募集。選考委員は有栖川有栖、恩田陸、黒川博行、道尾秀介。大賞受賞者には賞金400万円と金田一耕助像が贈られる。
(主催:KADOKAWA/角川文化振興財団)
受賞者:木逸 裕(きいつ・ゆう)
1980年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。ウェブエンジニア。趣味はホルンの演奏。好きな作家は、ロバート・R・マキャモン、貴志祐介、漫画家の岩泉舞。
人には「流れ」がある
小説を書こうと思ったきっかけは、小学六年生のときの国語の教科書でした。「自分の物語を作ってみましょう」。宝の地図のイラストとともに、そんな課題が書かれていました。
それまでの私にとって小説とは、特別な偉人のみが書くことを許される学術書のようなものでした。読むのは好きでしたが、それを自分で書くという発想自体が ありませんでした。そうか、自分にも小説を書くことはできるんだ。それに気づいたとき、世界がぐわっと広がったような気がしました。
自宅にあっ たシャープの書院を使い、フロッピーディスクに原稿を書き溜める生活がはじまりました。中学・高校の六年で原稿用紙三千枚くらいは書いたと思います。部屋 にこもり、ひたすらに書く。容量いっぱいまで文字を詰め込んだフロッピーディスクが、山のようにできました。
そんな私でしたが、大学に入ったこ ろからぴたりと書けなくなりました。理由はインターネットです。それまでひとりで書いていた私は、誰かに読んでもらうことに飢えていました。ネットに文章 を上げれば、即時に誰かが読んでくれる。その魔力は強烈でした。ブログの文章は書けるが、小説は全く書けない。そんな状態が長く続き、あっという間に五 年、十年。気がつくと私は三十代半ばになっていました。
ここで小説を書かなければ、一生デビューできない。駄作でもなんでもいい、四の五の言わ ずに書け。そう腹をくくって再度書きはじめたのは、二年ほど前のことです。自分に鞭を打つように一心不乱に書き続け、新人賞に送りつづけました。そしてこ のたび幸運にも横溝正史ミステリ大賞をいただくことができました。
宝の地図を見てから、二十四年。振り返って感じるのは、人には「流れ」がある ということでしょうか。すらすら書けた少年期。一枚も書けなかった二十代。爆発するように書いていたこの二年。書きはじめてからすぐに賞を取るような人に 比べ、私の「流れ」は蛇行していていびつです。ですが、どの時期も、自分を作ってくれた大切な時期だった気がします。この「流れ」を大事に、今後も書き続 けていきたいと思います。
受賞作:『虹になるのを待て』
渋谷でテロが発生した。首謀者はゲームプログラマの水科晴。彼女は開発していたオンラインゲームとドローンを連携させて群衆を襲い、自殺を遂げた。それから 10年後、人工知能の開発者・工藤賢は、水科晴の人工知能を作ることになり、謎めいた彼女の半生を調査し始めるのだが……。