第5回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 スゲーのこと/尼子猩庵
第5回結果発表
課 題
魔法
※応募数250編
選外佳作
スゲーのこと
尼子猩庵
スゲーのこと
尼子猩庵
高木君のことです。彼はクラスの人気者です。お調子者で、よくみんなを笑わせます。
彼はよく、「スゲー」と言います。感動したら言います。「すごい」の意味です。
高木君はよく言いますが、彼のこの口ぐせには、とくに誰も注目してはいません。わたしだけです。
じつは高木君のスゲーには、不思議な効果があることを、わたしは発見したのです。
稲刈りの体験学習の時、誰が一番きれいに刈れるか、先生は競争させました。わたしは競争がニガテなので、もうそのことは考えないようにして、のんびり刈っていました。
すると、わたしが優勝してしまいました。
先生がわたしの刈ったあとを、農家のおじさんに見せて、意見をこいました。農家のおじさんは、なんだかきっと、
「そんなにきれいに刈らなくってもいいんだがなあ」
と、考えていたのではないでしょうか。そんな気がしました。
でも先生が熱心に意見をこうので、いろいろとほめてくれました。けれども、その内容は覚えていません。わたしはその間、優勝者として、みんなの前に立たされていました。
体育座りしたみんなの、休み時間や放課後とはちがう、心のない顔がわたしを見つめていて、そして拍手しました。
先生はみんなを立たせて、わたしの刈ったあとを見せました。みんなは黙って見ました。
わたしはみんなの中に入って行きましたが、なんとなく、よそ者でした。早くこの授業が終わって、それから早くこのことが忘れられますようにと、願っていました。
その時、高木君が、スゲーと言いました。
するとみんなは、なんでしょうか、
「うん、まあたしかにそのとおりだ」
という気もちになったんだと思います。だらだらした感じで立っていたのが、身を乗り出して、前の人の肩ごしに見たりしていました。
高木君がスゲーと言う時の口ぶりは、どちらかというと、なんだか小ばかにしたように、少し笑いながら言うのです。
でもそのスゲーが聞こえた時のみんなは、小ばかにする気もちになるわけではありません。スゲーという気もちになるのです。
また別の時、家庭科の授業で、カレーの作り方を話していた先生が、急にわたしへ意見をもとめました。
きっと先生は、宿題の日記とか、そういうものから、わたしがうちの晩ごはんを作っていることを知っていたので、そうしたのです。
それでわたしは、立ち上がって、
「まず鍋に油をひいて、肉をいためて、それから野菜を入れて、それから、」
と説明し始めました。もっとくわしく言ったほうがいいかなと思ったら、引き返して、言い足したりしながら。
わたしが話していると、みんなはくすくす笑いました。きっとわたしが太っているので、料理の話をするのがおかしかったのです。
いつもあんまりしゃべらないのに、料理のことになるとくわしく説明しているのが、おかしいのです。
その気もちは、とてもよくわかります。
わたしの顔は真っ赤になっていたでしょう。ああ、先生はきっともうすぐ、いきなり怒鳴り声を上げて、くすくす笑うのがどんなにいけないことか、話し始めるんだろうな。
わたしの家はお母さんが夜遅く帰ってくるので、長女のわたしが弟や妹や、おばあちゃんの世話をしているんだぞって、みんなに教えるんだろうな。
わたしはその間、一人だけ立ったままでいるんだろうな。
そう思いながら、
「しっかりと、
と説明していたら、高木君が、スゲーと言いました。
するとみんなは、くすくす笑いながらも、
「たしかにそうだ」
「うん、やつはホンモノだ」
というフンイキになりました。
わたしは真っ赤なままだし、太ったままですが、先生から細かいことを聞かれて、そのたびにはきはき答えているわたしは、そうか、スゲーのかもしれないと、わたしも自分でそう思いました。
でもそれは、高木君がスゲーと言ったから、そうなったのです。
そのことには、誰も気づいていません。きっと先生だって、気づいていません。
人からスゲーと言ってもらえないのは、高木君だけです。
だから、高木君のスゲーことは、高木君本人も知りません。
(了)