若桜木虔先生による文学賞指南。「新人賞選考の内幕 8つの秘密」その2
新人賞の裏側8選
さて、これは、しつこく何度も書いていることだが、新人賞は「他の人には思いつけないような、新奇のアイディアがある物語を書ける新人を発掘する」ことに主眼を置いて選考が行なわれる。
したがって、似たような設定の物語は、束にして落とされるし、過去の既存作に似ていても落とされる。
ここは、自己責任でクリアーしてもらう以外にない。
では、新人賞で「他と被らないアイディア」以外に重視されるポイントは何か?
⑥第一に主人公および主要登場人物のキャラクターが、立っているか否か。
「キャラが立つ=選者(作家・評論家・幹部編集者)が、その人物を魅力的と判断する」である。
これは、往々にして一般読者と好みが異なる。選考委員と一般読者では読書量に雲泥の開きがあるので、どうしても好みに差違が出る。
例えば、私(若桜木虔)の読書量は、年間で一千冊ぐらい。評論家たちは、もっと大量に読んでいる。おそらく、私の二倍から三倍。
アイディアに新奇性があるか否か。に関しては運不運が付き纏う。
⑦独自のアイディアなのに、偶然、選考委員が読んだ既存の作品と酷似している場合。
私のところにプロットを送ってくる通信添削講座の生徒が、たいてい最初は、この罠に引っ掛かる。
私とは読書量が違うから、これは致し方ない。
その場合、「現代劇では応募落選作に山ほどあって月並みだが、大筋はこの設定のまま、時代劇にすれば、既存作がないので、受賞の可能性がある」というようなアドバイスをすることがある。
最具体例では小説現代長編新人賞と日本歴史時代作家協会新人賞と細谷正充賞、三新人賞をトリプル受賞の泉ゆたかの小説現代長編新人賞受賞作が、該当する。
泉さんは学習塾のプロフェッショナルで、現代の学習塾を舞台の物語を書いたのだが、今どき学習塾を経験していない人は、皆無に近い。そのために、どうしても既視感(どこかで見たような話)が出てしまう。
で、「これを江戸時代の寺子屋の物語にすれば、既存作がないので、受賞の可能性が出て来る」とアドバイスし、一発受賞。
⑧「アイディアの新奇性」よりも「売れる」「儲かる」ものを受賞させる風向きはあるか。
これは、編集長の方針。選考委員が編集長とぶつかっても、授賞を拒否するか、編集長の方針に迎合するか。
最近の新人賞は「映像化できるか否か」が、応募要項には謳われていないものの、現実には選考の大きな基準になっている。
映像化(アニメ化、劇画化を含む)された作品と、そうではない作品では売れ行きに格段の差が出るから、これは致し方ない。
「これ、映像化しにくいけれど、同レベルで映像化できそうな作品が最終候補の中にないから、仕方がないよな」といった本音を、選考委員から聞いたことが複数回ある。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。