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第6回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 家族サブスクリプション 瀬織うた

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第6回結果発表
課 題

家族

※応募数289編
 家族サブスクリプション 
瀬織うた

 帰宅すると同時、実家に電話した。もう耐えられない。仕事のある今は夜だけだが、休みになったら昼間もこれなのだ。
「もしもし」
 自分からかけたのはいつぶりだろう。十年連れ添った妻と離婚することを伝えたときだろうか。もう三年も前だ。
「夏休み帰るから」
 名乗ることもせず、用件だけを伝える。窓を開けることなく、エアコンをつける。空気を入れ換えた方がよいのはわかっているが、窓を開けたところで防音シートに覆われた景色しかないうえ、蝉の声ひとつ聞こえない。
「新幹線の時間わかったら連絡するから」
 駅まで迎えに来て、と続けるより早く「悪いけど」と母が遮った。
「今サブスク中なの」
「サブスク?」
 今年七十になる母からそんな単語が出てくるとは。サブスクってサブスクリプションだよな。一定期間利用できる権利を買うやつ。なんだ? 映画でも観るようになったのか?
「お父さんもお母さんもサブスクで忙しいの」
 趣味があるのは結構だが、一人息子の帰省より優先されるものがあるのか? 苛立ちが形になるより先に「もしもし」と父の声が聞こえた。久しぶりだな、と温かな声で言われ、苛立ちが萎んでいく。
「父さんたちな、『家族サブスクリプション』に登録しているんだ」
「家族サブスクリプション……?」
 期間によって料金は異なるが、登録されている人を家族として借りることができるサービスだと言う。気に入らなければ別の人に変えられ、気に入れば長く付き合って本当の家族みたいに過ごすこともできるらしい。
 現在、両親は夏休みを迎えた子供たちの『祖父母』として借りられているのだとか。と言っても自宅で子供を預かっているにすぎず、託児所みたいなものだと言う。
 共働き世帯や田舎というものを持たない家族に人気らしい。まあ、田舎だもんな。ザ・夏休み感はあるだろう。一人息子なのに孫の顔も見せられなかった自分に言えることはない。
「詐欺とか変なサービスとかじゃないよな」
「ああ、大丈夫。支払いもちゃんとしているし、運営会社もしっかりしたところだから」
「ならいいけど」
 通話を終え、スマートフォンで「家族サブスクリプション」を検索する。父の言った通り、運営している会社はよく知られているところで、怪しいサービスではなさそうだ。
「両親」「子供」から「ペット」まで肩書きが画面いっぱいに並ぶ。この中から希望するものを選ぶらしい。試しに「祖父母」をタップする。グループ分けされてはいるが、あくまでメインのサービスという意味らしく、顔写真の下には「父」や「母」と付け足している人もいる。地域もあるからか結構な人数だ。それだけ家族を必要としている人がいるということか、現実の家族とうまくいっていないということなのか。
「あ」
 指が止まる。両親の顔だ。登録されているのは「祖父母、祖父、祖母」のみ。「両親、父、母」とは書かれていない。
 はあ、と息を吐き出せば、強張っていた体から力が抜ける。他人の子供を優先されたことが結構ショックだったらしい。帰省どころか連絡すら怠っていたのは自分なのに。
 ぎこちない笑顔の両親を見つめる。年取ったな。二人とも「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれる年代だ。でも、俺にとっては両親で。父で、母で、大事な家族だ。両親にとって自分がたった一人の子供であることも一生変わることはない。
「……帰ろう」
 帰って両親の顔を見よう。画面越しではなく直接。サブスク中だろうと関係ない。自分は実の息子なのだ。他人の子供である「孫」がいようと構わない。きっと受け入れてくれる。だって――家族だから。

 バスを降りれば、都会とは比べものにならないほど蝉の声はうるさく、日差しは強い。汗が滲む額を拭い、門扉に手をかける。中からは幼い子供の声が聞こえる。両親は今「祖父母」中なのだろう。
 ただいま、と発するより早く「あの」と声をかけられた。振り返れば自分と似た背格好の男性がいる。年も同じくらいだろうか。
「あの、うちに何か御用ですか」
 あまりにも自然に発せられた「うち」という単語に、すぐには言葉が出てこない。
「私はこちらで『息子』をしている者ですが」
 ――今サブスク中なの。
 数日前の母の声が、蝉の声よりも鮮やかに蘇る。逃げるようにバス停へと戻った俺は、「両親」のグループをタップした。
(了)