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第26回「小説でもどうぞ」選外佳作 From another planet. 稲尾れい

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第26回結果発表
課 題

冗談

※応募数241編
選外佳作 
From another planet. 稲尾れい

 自分は流れ星と一緒に夜空から降ってきて、それを発見した両親に育てられたのだ、と幼い頃の莉緒は信じていた。「私はどうやって生まれたの?」という莉緒の問いに、母親が笑いながらそう答えたからだった。
 私、別の星から来たんだよ。幼稚園でそう言って回れば、他の子達は「そうなの?」と目を丸くしたり「うそ!」と顔をしかめたり、いろいろな反応をしながらも、皆それぞれに莉緒の言うことを真っ向から受け止めてくれた。先生達はただ、微笑ましげにうなずいていた。
 流石にそんなわけなかった、と今の莉緒にはもちろん分かる。けれど、大学生になって一か月経った今も、自分はあの頃から大して変わっていないのではないか、とも思っている。
「俺の下の名前、清和っていうんだけどね。兄弟の中で俺だけが養子で、一人だけ清和源氏の血を引いているから名付けられたんだ」
 今日は大学近くにあるビストロで、莉緒が所属する学部の新入生歓迎会が開かれていた。隣に座る先輩の突然の身の上話に気の利いた返しが思いつかず、何とか言葉をひねり出す。
「あの、とても由緒ある血筋なんですね」
 莉緒の言葉に先輩はばつが悪そうな顔になった。「……いや、今のは笑うところだよ? 一応これ、冗談だし」周りの席の何人かが「はは」と乾いた笑い声をたてながら、さり気なく先輩と莉緒から視線をそらした。
 またやってしまった。額にじわりと汗がにじむ。相手の言葉に含まれる『言葉通りではないこと』が莉緒にはよく分からない。言われたままを信じて受け止め、反応を返すので、相手を困惑させたり、場を白けさせたり、時に機嫌を損ねてしまうことも今までしばしばあった。もう子供じゃないのに、と情けない。
「発言した相手の真意を判断するには、相手の表情をよく観察することが重要です」ネット上のそんなアドバイスに従い、何か言われるたびに相手の顔をじっと見るよう心がけたこともあった。けれど、それはそれで相手を困惑させてしまい、やはり上手くいかなかった。
「はい、ではそろそろ、端の席の人から順番に自己紹介をしていきましょうか」
 今日の幹事を務める別の先輩が立ち上がり、全員を見渡して言った。こういう場面で莉緒がするのはいつも同じ話。中学校の卒業文集の話だ。
 文集の巻末には、クラスごとの『何でもランキング』が載っていた。『将来イケメン・美人になりそうな人』『出世しそうな人』『インフルエンサーになりそうな人』などの項目にそれぞれクラスの誰か一人を選んで事前に投票し、票を集めた上位三人までを文集上で発表するという企画だ。美貌だの富だのに関する項目にはかすりもしなかった莉緒が、ダントツで一位に選ばれた項目が一つだけあった。
『正体が地球外生命体っぽい人』
 つまり莉緒はダントツで周りから浮いているのだ、と言われているに等しく、胸が少しもやついた。でもこんなランキングはほんの冗談のようなもの。それに、幼い頃に信じていた自分の正体と一致している、と気付くと何だか可笑おかしくもあった。高校の新学期、新しいクラスで自己紹介する時に莉緒はこのランキングの話をした。部活に入る時、進級してクラス替えになった時、その他自己紹介が必要な時、いつも「正体が地球外生命体っぽい人に選ばれました。ダントツで」とおどけた調子で話した。その場の軽い笑いを誘うことが出来たし、莉緒が変わり者であることもてっとり早く説明出来るので、気が楽だった。
「ああいうランキングみたいなのって、どこの卒業文集にもあるんですね」
 全員の自己紹介が終わり歓談が始まったタイミングで、一人の女の子が話し掛けてきた。今回もまたいつもと同じように文集の話をしていつも通りの反応を受けていた莉緒は、気恥ずかしさにへらっと笑いながら彼女を見る。全体的に整った顔ではあるけれど、これといった特徴も華もなくて記憶に残りづらそう、と思う。実際、先ほど彼女が何と名乗り、どんな自己紹介をしていたのか思い出せない。
「私も、文集のランキングで一位になった項目があったんですよ。『鉄道マニアそうな人』。実際は日本中に西武線が走っていると信じていたくらい、当時は鉄道には疎かったのに」
 これは本気で言っているのか、それとも冗談なのか。極力さり気なく相手の表情を探ってみる。笑顔ではあるけれどどことなく悲しみを含んでいる気がして、思わず口を開いた。
「何というか、ああいうランキングって全方向に対して失礼ですよね。選ばれる私達にも、鉄道を愛する人達にも、地球外生命体にも」
 女の子は莉緒の言葉に深くうなずいた。そして、莉緒の耳元に顔を寄せて小声で続ける。
「第一『本物』は地球人に違和感なんて抱かせず、一番地球人らしい顔をしているものよ」
 え、これは本気? それとも冗談? 莉緒は思わず彼女の顔を凝視する。くすりと笑う顔は悪戯いたずらっぽい。けれど彼女の瞳が一瞬、オーロラのような不思議な色に光った気がした。
(了)