自治体文学賞を狙う4:各自治体文学賞③
岡山県内田百閒文学賞
岡山県のいいところをPRできる作品を
内田百閒は、1989年に生誕100年を迎えた。沸々とわき上がる恐怖感とどこかユーモラスな世界観に、今も熱烈なファンを持つこの大文筆家が、死の床まで思い続けたのは故郷・岡山。
1990年、生誕100年の翌年に誕生した「内田百閒文学賞」(創設当時は「岡山・吉備の国文学賞」)は、百閒の故郷・岡山の良さを全国の人々に知ってもらうことを目的とした文学賞だ。
募集するのは、百閒が最も得意とした随筆および短編小説(評伝・紀行文・戯曲を含む)。岡山が舞台となる作品や、岡山県出身の人物・自然・文化・風土・物産などを題材とした作品でなければならない。
募集は二年に一度。百閒のファンならずとも挑戦してみたい公募である。
「応募者の中で最も多いのは、若き日にほぼリアルタイムで百閒を読まれていた60代の方々です。でも、16歳の高校生の応募もありましたから、つくづく世代や時代を超えて愛される作家なのだなと思いますね」(岡山県郷土文化財団事務局)
「応募作品を読ませていただくと、百閒の作品にあった幻想的でどこかユーモラスなイメージがそこはかとなく漂っているものが多いんです。最終審査に残るような作品は、本当に質のいい作品が多くて、審査に関わった人間はみんな驚いていますね」
最優秀作と優秀賞作は出版が約束されているのもこの賞の大きな魅力だ。とはいえ、そこに至るハードルは決して低くはない。
「岡山県のPRを目的の一つとしてスタートした事情がありますから、岡山の良いところをより広く喧伝できる作品を求めています。1次、2次の審査も地元の人間が多数入っていますから、土地名だけ無理やり入れたような浅はかなものはすぐにはねられてしまいますね。それから、百閒のテイストに近づきたくて、時代を明治や昭和にするのはよいけれど、厳然としてある史実に反するものは残りづらいと思います」
百閒にとっては生涯の大切な思い出であった岡山という土地。
「百閒と同じように岡山に愛着を持ってほしいとまでは言いませんが、少しだけこの土地を知って、好きになっていただけたら、書くものにもきっとそれが表れると思います」
主催:岡山県/岡山県郷土文化財団
北区内田康夫ミステリー文学賞
プロも輩出、自治体初のミステリー文学賞
北区の田端は、明治時代から若い芸術家が集う町として知られていた。そこに、大正3年に芥川龍之介、5年には室生犀星が住み始め、萩原朔太郎、堀辰雄、菊池寛、中野重治らも移り住んだ。
「北区は大正から昭和にかけて、田端地区に文士たちが移り住み、文士村が誕生しました。この地域で文化人の交流が盛んに行われ、その中で数々の名作が生まれました。北区内田康夫ミステリー文学賞はこうした歴史と土壌を背景に、小説を創作する機会を設け、優秀な作品に賞を授与することで、北区の知名度を高めるとともに、文化的イメージを強めることを目的に創設しました」(北区政策経営部広報課)
この文学賞が創設されたのは2002年(平成14年)で、今年で第10回を迎えた。ミステリー作家の内田康夫氏が平成8年から北区アンバサダー(大使)を務めていたことから同氏に協力を求めて創設したものであり、ミステリーに限定した文学賞としては自治体初の試みであった。
内田康夫氏は北区西ヶ原出身で、「浅見光彦シリーズ」をお読みの方はご存じのとおり、主人公・浅見光彦は西ヶ原出身という設定。同シリーズには北区がたびたび登場する。
この文学賞のユニークな点は、大賞受賞作品が翌年に舞台化され、上演されることである。また、大賞、および特別賞受賞作品は、月刊誌「ジェイ・ノベル」(実業之日本社)に掲載される。
今年発表になった第9回は、大賞に「神隠し 異聞『王子路考』」(安堂虎夫)が選ばれた。内田康夫氏は選評で「(大賞作品は)よく練り上げられていました。文章も物語の展開もまずまず。現在の北区周辺が江戸期はどうだったかを丹念に取材して、みごとに再現しています。読売(瓦版)作者を主人公にした人物配置も申し分ありません。大賞に価する佳作だと思います」と述べている。
過去9年の受賞者を見ると、北区内田康夫ミステリー文学賞を受賞後、第1回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞も受賞し、その後、 『ガイシの女』(講談社)、『リストラに乾杯!』(廣済堂)などを出版している汐見薫や、「みをつくし料理貼シリーズ」(ハルキ文庫)でベストセラー作家になっている高田郁がいる。
募集要項には「北区の地名・人物・歴史などを入れ込んだ作品を歓迎します」とあるが、このことの有無が選考の基準とはならない。
主催:東京都北区
共催:財団法人北区文化振興財団
木山捷平短編文学賞
短編の名手・木山捷平を顕彰にした文学賞
木山捷平は、身のまわりにあること、自分が体験してきたことに材をとり、洒脱な表現で好評を博した私小説作家。庶民生活の機微をうがち、人生の哀歓をユーモアとペーソスをまじえて写し出した氏の文学は今も根強い愛読者をもつ。
氏の出身地である笠岡市では、短編小説を得意とした木山の業績を顕彰し、新たな時代の短編小説の担い手を育てようと「木山捷平短編小説賞」を創設。
「応募がもっとも多い年齢層は60代以降の方。意外なのは、気さくで大らかだった木山の気質がそのまま反映されたような作品が女性の応募作品に多いこと。自分が体験したこと、感じたことをストレートに表現していて、読んでいて清々しい」(笠岡市教育委員会 生涯学習課文化グループ統括)
誰でも自分についての小説なら一編は書けると言われる。そんな小説を、私小説の名手の名が冠されたこの賞にぶつけてみてはいかがだろう。
「こんな時代だから、もっともっと多くの方に、小粋に強く生きた木山という文筆家とその作品を知ってもらい、幅広い世代の方に応募してもらいたい。この賞の表彰状は、笠岡市の名産である石に刻んでお渡しします。木山とともに市のことも広く知っていただけたらうれしいですね」
主催:笠岡市/笠岡市教育委員会/笠岡市文化・スポーツ振興財団
長塚節文学賞
「節のふるさと文化創造事業」として実施
長塚節は明治生まれの歌人、作家。
19歳のときに正岡子規の写実主義に共感、入門。歌人としては子規の正当な後継者と言われていた。また、朝日新聞に連載した『土』をはじめ、農民小説の先駆けとしても知られる。
常総市では、この長塚節を顕彰するため、茨城県の一村一文化創造事業制度を導入した「節のふるさと文化創造事業」の一環として、長塚節文学賞を創設、来年締切の回で第15回を迎える。
「長塚節文学賞には、短編小説のほか、短歌および俳句の部門がありますが、3つの部門の応募数をすべて合計すると、1万6千もの作品が集まります。短編小説部門は、初めて小説に挑戦する高校生から、定年を迎えた熟年の方まで応募者は多士済々。短編小説の受賞作は、読んでくだった方々の多くに『達者でびっくりした』と素直に褒めていただける作品が多いんです」(長塚節文学賞事務局常総市教育委員会生涯学習課主査 )
長塚節は、長編小説『土』の中で明治中期の農村の姿をリアルに表現した。といっても、長塚節文学賞の応募作品は題材自由。過去の受賞作を読めばわかるとおり現代小説でもいい。なお、受賞作は他の部門の作品とともに「入選作品集」に掲載される。
主催:常総市/節のふるさと文化づくり協議会
坊ちゃん文学賞
新しいタイプの青春小説を
正岡子規や高浜虚子などを輩出し、夏目漱石の代表作『坊っちゃん』の舞台として全国に知られる松山市は、「文学のまち松山」を未来につなぐ新たな挑戦として、1989年の市制100周年を機に「坊っちゃん文学賞」を創設。新しいタイプの青春小説を発掘することを目的に公募を行っている。
「この賞の大きな特徴としては、青春小説という誰でも一度は経験するこのテーマに加え、規定枚数が比較的平易であるところ。そして、自治体が主催する文学賞の中でも高額な200万円を賞金としているところも魅力となっているものと思います」(松山市総合政策部国際文化振興課)
1年目を募集年、2年目を審査発表年とする2ヵ年事業としているので、構想から執筆、作品を仕上げるまで十分な時間を費やせる。
「青春小説をテーマに掲げているものの、近年では新しい家族のあり方や不安定なジェンダーの世界を描いた作品などが寄せられており、時代を反映した内容も多くなっていますね」
大賞作品はマガジンハウス刊「クウネル」誌に掲載される。また、歴代の大賞作品の中には、単行本化、映画化されたものも数多い。
主催:松山市坊ちゃん文学賞実行委員会
船橋聖一顕彰青年文学賞
満18歳~30歳の青年が対象
NHK大河ドラマの第1作は、昭和38年4月〜同年12月まで放映された舟橋聖一原作の『花の生涯』だった。
舟橋聖一は、昭和42年、63歳で芸術院会員となり、71歳のときに文化功労者に選任、翌年の昭和51 年1月に亡くなったが、それから十余年経った平成元年、青少年の教育・文化振興に役立ててほしいという舟橋家の意向のもと、舟橋聖一顕彰青年文学賞が創設された。目的は、次代を担う青少年の読書創作活動の振興だ。
「この賞の最大の特徴は、年齢制限(満18歳から満30歳まで)を設け、青年を対象としている点です。ここにはプロの作家への登竜門となってほしいという願いが込められているんです」(舟橋聖一記念文庫事務局彦根市立図書館館長)
応募作に傾向はあるだろうか。
「近年の傾向としては、プロ志向の男性の応募が増えていることが挙げられますね。私たちの願いを理解して、プロを目指す若い方が本気の作品を応募してくれていることに喜びを感じます」
東京の最終選考までは、地元選考委員が下選考をしている。20代後半の方は、応募資格があるうちに、ぜひ。
主催:彦根市/彦根市教育委員会
阿賀北ロマン賞
求む! 阿賀北地域をアピールする熱意
阿賀北ロマン賞は、2008年(平成20年)、敬和学園大学新発田学研究センター(敬和学園大学の中の町おこしを目的とした組織)を主催とし、新発田市、聖籠町が共催となって創設された文学賞。
小説・随筆部門のほか、創作童話・児童文学部門もある。
テーマは毎年変わり、第4回は「阿賀北地域の『食』または『食卓』」にまつわる作品を募集している。
同賞は、阿賀北地区から作家が出ていないことから、埋もれた人材を発掘するために創設。また、阿賀北という名称が使われなくなっていることから、阿賀北地域を県内外にアピールすることを目的に実施している。
阿賀北地域とは、阿賀野川の右岸(北部)に位置する阿賀野市、新発田市、胎内市、聖籠町を指し、新潟市北区、村上市、岩船郡を含むこともあるそうだ。
選考は、作家で「三田文学」編集長の加藤宗哉氏、絵本作家の菅野由貴子氏、新井明氏(敬和学園大学前学長)、鈴木佳秀氏(同学長)、北嶋藤郷氏(同名誉教授)、神田より子氏(同教授)、星龍雄氏(新潟日報新発田支局長)により、第1次審査と最終審査の二回に分けて行う。
大賞と優秀賞作品はHPで公表され、『年報新発田学』にも掲載される。
主催:敬和学園大学新発田学研究センター/新発田市/聖籠町
※本記事は「公募ガイド2011年11月号」の記事を再掲載したものです。