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第46回「小説でもどうぞ」落選供養作品

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編集部選!
第46回落選供養作品

Koubo内SNS「つくログ」で募集した、第46回「小説でもどうぞ」に応募したけれど落選してしまった作品たち。
そのなかから編集部が選んだ、埋もれさせるのは惜しい作品を大公開!
今回取り上げられなかった作品は「つくログ」で読めますので、ぜひ読みにきてくださいね。


【編集部より】

今回は秋川おふろさんの作品を選ばせていただきました!

少しおどろおどろしい始まりに、グッと引き込まれるこちらの作品。大学受験にのぞむ主人公は、試験前日にとある怪談話を知ってしまいます。

迎えた試験当日。問題を解き始めると、人がいるはずのない席からおもむろに声をかけられ、一時は試験どころではない状態に。

一体、幽霊の正体は誰なのか? 受験結果はどうなったのか? ぜひ読んで確認してみてください。

惜しくも入選には至りませんでしたが、ぜひ多くの人に読んでもらえたらと思います。また、つくログでは他の方の作品も読むことができますので、ぜひお越しくださいませ。

 

課 題

試験

試験会場の怪談 
秋川おふろ

 これからお話しするのは当時大学受験生だった私の実体験です。私はその経験以来、霊という存在を感じ取ったことはありません。だから、今日までこの話は決して誰にも話さず、心に秘めてきました。口に出すことで、あの忌まわしい出来事が再び身に降りかかることを恐れていたのです。
 いよいよ、明日はTO大学の一般日程の受験日だ。私が受験するTO大学の商学部が存在するのは都心からほど近いが緑に溢れた佇まいで、この夏にオープンキャンパスで訪れたときもあまりの空気の良さにここで自習したいくらいだった。しかし、今回試験会場として私に割り振られたのは今や運動部がたまに練習で利用するだけの旧キャンパス内の講堂だった。私はパンフレットにチラシ、TO大学が発信した媒体のすべてを隅々まで熟読しているが、この講堂が紹介されているページはなかったと記憶している。私は勿論、この講堂までのルートを既に調べて準備万端なのだが、大切な日を前にして落ち着いていられないのが人間というものだ。早く寝て頭を休ませるべきと分かってはいるが、冴えた頭がSNSの虫眼鏡をタップさせる。
――みんなどこ会場?
――俺、中央キャンパス
――まあ収容人数多そうだしだいたいそこだよな
 そこには同じ受験生らしき人達のつぶやきが連なっていた。心做しかよくある知らない人のそれより団結力があるようにも見える。私もその流れの中に飛び込む。
――私、旧キャンパス
――終わったな
 流れるようなコメント欄に一瞬目に写っただけの言葉にハッとする。見なければよかった。大切な日を前にしてこの上なく不吉な言葉。でも好奇心が勝って画面をスクロールして一文一文を確かめるように見てしまう。追い求めた大学のあらゆる情報を熟知していたい。
――出るらしい
 いったい何が出るというのだ。
――何が?
――決まってるだろ、幽霊だよ幽霊
――知らないの?
――界隈では有名な話だろ
 最初は信じていなかったが多くの人が実際に体験した出来事らしく読めば読むほど信憑性が高まる。最悪だ。試験前の追込期から集中のためSNSを絶っていたのが仇となった。私としたことが公式情報しか目を通していなかった。スマホを置いてベッドに仰向けに寝転がる。視線の先には毎晩見慣れた天井があった。来る日も来る日も眠気が来るまで机に向かい、こうして疲れながらも夢見る眼差しで天井を見てきた。冴えた頭が心を押してくれた。幽霊なんかに負けてたまるか。
 固い決意に目覚めた朝は爽やかだった。私は電車を乗り継ぎ、旧キャンパスの講堂へ続く道を参道かのように端を歩き、恐る恐る会場へ踏み入れたが、拍子抜けするほどに何も起きない。長机に着席し精神を統一する。お守りになればと食卓塩を持ってきたが、『試験にあたっての注意事項』によれば卓上には置けないので参考書と一緒に鞄にしまう。試験官が現れ、ついに試験開始までのカウンドダウンを始めた。来るならこい。
「教えたろか?」
 視線をやると前方の長机の中央から男子学生が後方を向いて背もたれに顎を置き、身を乗り出している。そんなはずはない、長机は2人がけで中央に席はないのだ。いわくつき会場の噂、確定じゃん。
「教えたるて、手ぇ止まってるで」
 男子学生は癖の強い関西弁でこちらを覗き込んでいる。目が合わないように視線を問題用紙に落とす。だめだ、集中だ。意地でも合格すると決めたじゃないか。
「あーこれ、教科書に載ってた余弦定理の問題やん」
 思わず男子学生の目を見てしまう。計算用紙を眺めるがどう見ても正弦定理の問題だ。元々当てにしてもいないが、私の中で男子学生への信頼性が低下した。
「これな、解の公式使えるで」
 いや、使わない使わない。頼むから私の邪魔をしないで。
「ここな、A、A、Aと来てるやろ。ほな次の答えは確率的にDやな」
 男子学生への信頼がゼロになった。しかし、確かに同じ選択肢が続いているので私も不安にはなる。加えて生まれて初めて経験する強い霊の気配に鼓動が速くなって、視界もビリビリとぼやけてくる。私はこの試験自体が現実なのか幻覚なのか不明瞭になってきた。嫌だ。必ず入学して新キャンパスの空気を吸いたい。
「俺な本当のこと言うと、数学はあんま得意とちゃうねん」
 ノイズを遮って右手を動かす。1年間机に向かいシャーペンを握り続けた手がCが答えだと言っている。最後の1問を朦朧となりながらマークした瞬間、試験官の「やめ」のコールが私を我に返らせた。私はフルマラソンを走りきったかのように息が上がっていて、同時に今朝と同じくらい爽やかだった。
 私は今、そのTO大学で学生代表を務めています。講堂に潜む、教えたがりな幽霊は学内では有名な話らしく、関西から毎年やってきては無惨に散り、5浪の末に第二志望の大学に進学した男子学生の生霊がせめて合格ボーダーの受験生の人助けになればと試験日のみ現れるのだそうです。もしあのとき教えを乞うていたら、答えを間違って今の私はないと思うと……。ああ、考えただけでも恐ろしいです。

(了)