あなたとよむ短歌 vol.49 テーマ詠「アニメ・マンガ」結果発表 ~「い抜き」言葉について考える~(1/3)
テーマ詠で短歌を募集し、歌人・柴田葵さんと一緒に短歌をよむ(詠む・読む)連載。
(『母の愛、僕のラブ』より)
テーマ詠「アニメ・マンガ」結果発表
~「い抜き」言葉について考える~
短歌を読む・詠む連載、「あなたとよむ短歌」。
今回はテーマ詠「アニメ・マンガ」の結果発表です。
最近では好きなキャラクターのことを投影して短歌を詠んだり、既存の短歌にアニメやマンガを重ねて鑑賞したりと、さまざまな形で短歌とアニメ・マンガが重なるケースが増えました。コマとコマの間を想像で補うマンガと、書かれていない部分を読者が補う短歌には、表現としても共通する部分がありそうです。
今回は、投稿者の方からの質問へのご回答と、改作例のご提案をしています。ぜひ入賞作品とあわせてお読みください。
短距離の後の泣いてはいない横顔
マンガにおいて見開きで描かれるシーンは見せどころであり、重要な場面です。「マンガなら見開きだろう」ということは、胸をつかまれるほど印象に残った瞬間だったのでしょう。それは、短距離を走ったあとの選手の「泣いてはいない横顔」。陸上選手でしょうか、おそらく
負けた瞬間です。走り終えた選手の横顔は、泣いて「は」いない。どういう表情だったのでしょうか。
この助詞の「は」に含まれた、なんともいえない「含み」が効いている一首です。
続いて、優秀賞2首です。
読者だけしか知らない尖り
マンガの吹き出しは、英語では「ワードバブル=言葉の泡」と言われているように丸みを帯びているものですが、怒りや驚きなどを示すときには尖った形になります。 つまり吹き出しの形状は、そのキャラクターの心情を表現しています。確かにそれは、読者だけに見える情報です。 キャラの会話相手は吹き出しの形状なんか知る由もない。まず、その発見そのものが面白い短歌です。 私たちの生活においても、吹き出しの形が見えたら楽な場合もありそうですね。
同じセリフの兵士Aだよ
RPGゲームにおいて、名前もない「モブキャラ」は決まりきったセリフしか言いません。マンガやアニメでも、モブキャラは常に主人公に憧れていたり、助けを求めていたり、慌てていたり、その他大勢として同じように画一的に描かれることが多くあります。
目立つ誰かの近くで、常に同じようなことをしているだけの自分。そういう役回りの自分。自虐的な一首ではありますが、「兵士」なんですよね。きっとモブなりに戦っているはずです。
なかいせんせいさんはペンネームの通り教員をされているそうです。
「短歌でもし授業をされるなら、中学生にどのようなことを伝えますか?」というご質問もいただきました。
小学校、中学校の国語でも短歌は取り上げられ、俵万智さんや穂村弘さんをはじめとする現代短歌も教科書に載っていると聞きます。実際、どんな授業をされているのか、私も興味があります。
私がもし中学生に短歌の話をするなら、57577の音数の数え方や、分ち書きは不要であることなどの基本を伝えなおした上で(特に音数の数え方は理解していなかったり、勘違いしている人が多いので)、
あらゆる種類の短歌を読んでもらいたいです。さまざまな作者の短歌を50首くらいピックアップして配布すれば、誰でも1首くらい「これは」というものが見つかるかもしれません。
それについて、なにがグッときたのか、どこか気になるのか、拙くてもレポートにならなくてもいいから、話すなり書きだすなりしてみてほしいです。もし「発表してもいいよ」という人がいたら、ぜひみんなの前で話して、それについてああだこうだと議論をしてみてほしいです。答えはありません。
これは「歌会」で行う内容と同じです。歌会はとても楽しいものなので、胸を高鳴らせながら短歌の面白さを共有する「歌会」の雰囲気を経験をしてみてほしいと思います。いわゆる「オタク語り」にも近いものがあるので、難しく考えず、中学生にもぜひ体験してほしいです。ただ誰かの意見を聞くだけでも、結構面白いものです。