第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 親友 さくら
第9回結果発表
課 題
友だち
※応募数343編
親友
さくら
さくら
ハイヒールのピンヒール部分が折れた。入社してから二年間、大切に履いてきた靴だった。新入社員の頃から社会人生活を共にした親友とも言える靴だった。
一緒にランチに行ことしていた同期の由紀子が、よろめいた私を素早く支えた。
「舞子! 大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう。でも、どうしよう。このままだと、午後から歩けなくなっちゃう」
「確かに、靴がないと、歩けないよね。近くに靴屋があったから、ランチの前に、新しい靴を買ってきなよ」
由紀子は、最寄りの靴屋の場所を、私に教えた。由紀子に頷いて見せると、私は靴屋に向かった。
用途をなさなくなった靴を脱いだ。手に靴を持つと、足を包むものは、ストッキングのみとなった。東京のオフィス街の歩道は、舗装されていない山道と化した。靴屋に向かって歩いて行くと、徐々に足の裏が痛くなった。
靴屋に到着すると、長く自分の足と一体となる、友達探しに集中した。白いハイヒールが、目に留まった。ヒール部分が、通常よりも広くなっており、安定感がある。朝寝坊して最寄り駅まで走る事態になっても、全力疾走できそうだ。一度、白いハイヒールに目が留まると、他の靴が目に入らなくなった。
店員を呼び止め、白いハイヒールを試着した。私のために作られたかのように、足にしっくりと馴染んだ。「この靴を買います」と告げると、店員に誘導され、レジに向かった。
レジで会計をしながら、「購入した靴を、今から履きたいです」と店員に伝えた。破れ始めたストッキングに覆われた私の足を、店員は眺めた。私に同情の眼差しを向けた店員は、私が手にしたままの壊れた靴を、店で処分すると申し出た。
折れたピンヒール部分を、改めて見詰めた。このピンヒールの先端は、入社式の会場の床を踏んだ。私の社会人生活の初めの一歩を、共に刻んだ。
店員の申し出を丁重に断ると、ビニール袋を貰い、壊れた靴を大切に仕舞った。真新しい白いハイヒールに包まれた足は、弁当を買うために、コンビニに向かった。白いハイヒールの最初の行き先となったコンビニを、頭に深く刻んだ。
オフィスに戻ると、先に戻っていた由紀子が駆け寄ってきた。私の足元の白いハイヒールを見ると、由紀子は顔に笑みを浮かべた。
「新しい靴、似合っているよ。そのビニール袋はどうしたの?」
「
「舞子は、モノを大切にするんだね。大事なものって、人間でなくても、友達のようなものだよね」
「由紀子も、そう思うんだ。嬉しい。私も、そう思うの。友達は大切にしたいよね」
「そうだね。私、子供の頃に遊んでいた人形を、今でも捨てられないの」
顔を赤くしながら告白する由紀子は、素直で可愛らしかった。
終業後、一人暮らしをしているアパートではなく、多摩の実家に帰った。
「ただいま」と明るく声を張り上げながら、実家の玄関に入った。私の声を聞きつけた母が、玄関に現れた。私の手からぶら下がっているビニール袋を、母が睨みつけた。
「突然、帰ってきたと思ったら、またゴミを置きに来たの? 実家は、ゴミ置き場じゃないのよ」
「違うよ。ゴミじゃないよ。大切な靴が壊れたから、手元に取っておきたいの。保管する場所がないから、いつもの部屋に置きに来ただけだよ」
最近、この会話ばかり繰り返す。どうして私の想いは理解されないのだろう。
母の前を通り過ぎると、目当ての部屋に入った。背後から、母の溜め息が聞こえた。
部屋の中には、幼少期からの友達がいる。
怖い夢を見た時、抱き締めると眠れた毛布。大学受験の合格発表を見に行った時のスカート。どれも、私の大親友だ。
「どこに置こうかな。やっぱり同族の友達と一緒にいたいよね」
靴がずらりと並ぶ棚の前に立った。棚には、新たに友達を迎えるスペースが、残っていなかった。「ごめんね」と謝りながら、思い出の詰まった靴たちを、少しずつ移動した。僅かにできたスペースに、持ち帰った靴を置いた。
「みんな、仲良くしてあげてね」
部屋をぐるりと見渡した。苦楽を共にした数々の友達を見ては、郷愁に浸った。私は、既に、多くの友達に恵まれている。
社会人になってから、僅か二年。人生はまだ長い。友達は増え続けるだろう。まだ見ぬ未来と、これから出会う友達に、胸が高鳴った。
(了)