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第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」佳作 呼び名の理由 家田満理

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第9回結果発表
課 題

友だち

※応募数343編
 呼び名の理由 
家田満理

 おじさんに初めて会ったのは、午後の小さな公園だった。その日、僕は通っている中学で落ち込むことがあり、と言って家にも帰りづらく、通学路から外れた道を歩いていたのだ。
 その人がしていたのは、空中に複数のバトンを投げ上げて回す、ジャグリングの練習だった。かつてジャグリング日本一になったこともあり、道具箱にその時の写真が貼ってあった。おじさんは、年寄りという訳ではなかったが、写真の頃からは長い歳月が過ぎたことが判った。
 ジャグリングを目の前で見るのは初めてだったので面白く、それから僕はおじさんの練習を毎日見に行った。
「君、毎日一人だけど、友だちと遊ばないの?」
「友だち、いないんだ」僕はうつむいた。
「そうか、じゃあ、おじさんが友だち一号だ」
 おじさんはそれが癖なのか、小首を傾げて優しく微笑んだ。
 かつての日本一だけあって、ジャグリングの腕前はさすがだった。でも、大梯子の上で行うものには、多少の危うさを感じた。おじさんも、それは判っているようだった。
「大きい梯子はしごは卒業だな。何年か前、大山公園の桜祭で演技したことがある。あの時浴びた拍手、大梯子の上から見た満開の桜が忘れられない。今度の週末、大山公園の桜祭がある。大梯子は、それを最後にするよ」
 週末は晴れ渡った。桜も満開で、風が吹けば散りそうだった。そして実際、時折強い風が花びらを散らしていた。
「おじさん、大梯子はやめて」
 おじさんは、首を傾げた。満開の桜、沢山の人だかり。おじさんは、何かを決意したように、大梯子に上った。
 バトンを一つ、二つ、三つと増やし、拍手の音が大きくなる。手品のように、帽子から取り出す鳩は、見るからに作り物で笑いが起こる。おじさんはマジシャンではなく、ジャグラーだからかまわない。
 一番の見せ場、ジャグリング用の独楽を長い紐に引っ掛けて飛ばし、再び紐で受け止める大技。観客は、口を開けて見上げたまま、拍手の準備だ。
 その時、ひときわ強い風が吹き、梯子が大きく揺れた。悲鳴が上がり、思わず皆目をつむった。彼らが恐る恐る目を開いた時、倒れた梯子とジャグリングのバトンや独楽は転がっていたが、おじさんの姿はなかった。
 見ている人は、これが実は大掛かりなマジックだったのだと思った。だから、大梯子の上から消えたおじさんが桜の木の間からでも現れて、帽子を持ってお金を集めるのを根気よく待った。皆、どんな賞賛の言葉も、拍手も惜しまないつもりだった。
 でもいつまで待っても、おじさんは現れず、彼を再びここで見ることはなかった。
 梯子が倒れる瞬間、恐々薄目を開いていた人が、風に千切れた花の渦に紛れるように飛ぶ、一羽の小鳥を見たと言った。聞いた人は、帽子の中の作り物の鳩を思い浮かべたが、それは梯子の下で押しつぶされていた。
 一部始終を見守り、この結末に導いたのは僕だ。僕の一族は、一種の異能力者で、人を動物に変えることができた。秘密にしていても僕ら家族が普通でないと噂がたち、子供の僕も気味悪がられて友だちができなかったのだ。
 あの瞬間、強い風に煽られて落ちていくおじさんを、僕はとっさに小鳥に変えた。
 桜の花びらの渦の中を飛ぶ小鳥を見た人は、幻を見た訳ではなかったのだ。
 一族の掟は、この能力を親族や友人に使うことを禁じていた。使えば、力を失うと。
 その後、桜祭の会場をさまよっている僕の肩に、一羽の小鳥が留まった。
「おじさん?」
 呼びかけると、うれしそうに、チチチkと鳴いて、小首を傾げた。
 僕は、何とかして人間に戻そうとしたが、できなかった。おじさんは友だち、掟を破った僕は能力を失っていたのだ。
 僕はおじさんの梯子やジャグリングの道具をまとめると、小鳥を肩に乗せたまま彼の住処すみかに行った。
 それから毎日、学校帰りに、その道具を使ってジャグリングの練習をしている。記憶の中のおじさんの真似をして。
 小鳥のおじさんは、チチチと鳴きながらアドバイスをくれる。僕は少しずつ、鳴き声の意味が判るようになった。
 まだまだジャグリングでお金を取れるレベルではないが、小公園で練習していると、見に来る人も出てた。
 まるで指導しているような小鳥が可愛いと評判らしい。
 僕が可愛い小鳥を「おじさん」と呼ぶことを皆不思議がるが、その理由は誰にも言えない。
(了)