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第9回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 三十年後 ゆうぞう

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第9回結果発表
課 題

友だち

※応募数343編
選外佳作
 三十年後 ゆうぞう

 光一は正門前で、均を待っていた。
 三十年前、光一が小学六年生のとき、同級生の均とは大の親友だった。均は明るくひょうきんな性格で、よくほらを吹くので、「ほら吹きキンちゃん」と呼ばれていた。二人は同級の星野るみが好きだったが、二人ともるみに告白することはできなかった。夏休みに均が父親の転勤で東京行きが決まった時、光一の頭に名案が閃めいた。
 当時、るみは学級文庫にあった『O・ヘンリー短編集』が大好きで、二人に勧めた。二人はしぶしぶ読んだが、すぐに夢中になった。とりわけ、『二十年後』が二人のお気に入りだった。十八歳のボブがニューヨークを去って西部に行くとき、二十歳の親友のジミーと二十年後に同じレストランで再会する約束をした。二十年を経て再会した二人は、警官と指名手配犯になっていたというほろ苦い物語だ。
 光一は「物語を真似て何十年か後に再会する約束をしよう」と提案した。均もすぐに賛成した。物語では四十歳ごろに再会するので、三十年後に、日にちはるみの誕生日の八月一日の正午、場所は小学校の正門前と決めた。

 光一はこの三十年の月日を思い出していた。
 自分は運に恵まれた。地元の大学を出て、るみの父親が経営する『星野スーパ―』に就職した。社長に認められ、婿入りの条件でるみと結婚し、姓が服部から星野に変わった。社長が癌を患い、弱冠四十歳で社長になった。
 均はどんな格好で来るだろうか? 絵の才能はあったが、それでは飯を食えず、きっと普通のサラリーマンになっているだろう。自分が高級スーツで現れたら、均の気分を損ねるだろう。昔、着ていた吊るしのスーツにした。
 十二時を三十分過ぎても、均は来なかった。
 そうだよな。小六のときの約束なんて忘れているだろう。だいたい、「手紙を書こうな」と約束したのに、手紙どころか年賀状すら、中高時代に途切れてしまっていたのだから。フェイスブックで田中均を検索しても出てこなかった。三十年前の約束を気にするなんて、はたからみたら滑稽かもしれないな。   
 そう思ったとき、均はやってきた。 
 地味なブルゾンとチノパン姿だった。
 光一は均をファミレスに誘い、食事をしながら旧交を温めた。均はやつれているような印象を受けた。
「喧嘩早い性格のため、会社を転々として、今小さな広告会社に雇われている」と語っていたが、生活が大変そうな雰囲気が漂っていた。ただ、ほら吹きの癖は抜けないようで、「マスコミ嫌いで有名で顔出しNGのデザイナーの榊象二郎なら、いつでも仕事を頼めるぞ」と、ほらを吹いた。光一は社長だとは言えず、地元のスーパーに勤めていること、るみと結婚したことを話した。均は「るみちゃんと会いたいが、夜に仕事が残っている」と言うので、再会を約して名古屋駅まで送って行った。しかし、駅で均がわざわざこだま号の時間を調べているのを見て、金に困っているんだなと思った。

 それから一か月後、他県への出店に踏み切り、大規模なイメージチェンジを図るため、名前とロゴを変えるという光一の方針が取締役会で通った。地元の広告代理店に発注するとき、「ここは勝負時だから有名デザイナーを使ってくれ」と依頼した。しかし、大物はみな予定が詰まっていた。
 そのとき、光一は、均のほら話を思い出して、駄目元で連絡を取った。均は二つ返事で引き受けてくれたが、光一はそのときも半信半疑だった。一時間後に、榊象二郎本人から代理店に電話が来て大騒ぎになった。

 二週間後、星野スーパー本社での打ち合わせに、榊象二郎がやってくることになった。
 当日、社長室で待ち受けていた光一の前に現れたのは、イタリアのブランドもののスーツに身を包んだ均だった。
 驚きを隠せない光一に均は言った。
「光ちゃん、黙っていてごめん。実は、本名の田中均は平凡過ぎるので、デザイナーとしては榊象二郎という名前を使っているんだ。この前来たときは、浜松で仕事があって、ホテル住まいをしていてね。仕事が押していて、現場で指揮している途中抜け出して、仕事着のまま来たんだ。派手な服で来ると、光ちゃんに引け目を感じさせると悪いなと思ってね。前日も寝不足なのに、あのあとも浜松に戻り、仕事の続きをするハードな日だったよ。そうそう、今回の仕事の依頼を受けたとき、光ちゃんが社長なんだと知って嬉しかったよ」
 資料を見ると、新しい名前は『スーパーオリオン』、ロゴはオリオンの三ツ星をデフォルメしたもので、光一の心にすっと入り込んだ。
「このオリオンの意味はわかるかな?」
「いや。でも、なぜか心にしっくりくるよ」
「『星野スーパー』だから星の名前にしたんだ。この三ツ星は、光ちゃんと俺とるみちゃんだ」
(了)