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第34回「小説でもどうぞ」選外佳作 目指すべき終わり 星部かふぇ

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小説・シナリオ
小説でもどうぞ
第34回結果発表
課 題

最後

※応募数233編
選外佳作 

目指すべき終わり 
星部かふぇ

 幼い頃に両親が妙な宗教にのめり込み、決して少なくはない金額をつぎ込んでいる。つい先週も、両親は給料の大半を寄付していた。お陰で我が家は貧乏で、俺が大学に行く金すらなくなった。高校とバイトに勤しむ日々で、家に帰ると「虚無の神」とやらに祈りを捧げることを強制される。祈りを捧げるのと同時に経典の一部を読み上げるのだが、俺はこれにどうも納得していなかった。
「……人は死んで終わりじゃない。覚えている人がいなくなって終わりだと。記憶にも、心にも残らず、全ての人に忘れられた死人は、いずれ虚無の神の導きにより虚無になる。虚無になることは我々信徒の目指すべきところであり、真の終わりとも言える……」
 神ならば、この苦しい生活を終わらせてくれ。俺たちを救ってくれ。こんな地獄みたいな毎日が続くのなら、いっそのこと俺の人生ごと終わらせてくれ……。なんてことは親の前では言えず、俺は今日も祈りを捧げ終えた。
 夕食の時間になり、家族全員で食卓を囲む。俺が食べ始めると同時に、母が話しかけてきた。
「今週の土曜は大事な日だから本部に行ってお祈りを捧げるわよ。圭祐も来なさいよね」
 俺は返事をしなかった。母にとっての大事な日というのは、宗教団体に金を寄付する日のことだ。俺の意見など関係なしに、いつも連れていかれる。頭を空にして何も考えなければ苦痛じゃないが、何故か今日は胸騒ぎがした。
 母は専業主婦、父はサラリーマン。寄付しに行く日はいつも給料日後の土曜。つい一週間前にも本部を訪れたはずで、これほど短い間隔で寄付することはなかった。
 俺は食事を終えると、ごちそうさまも言わずに自分の部屋に戻った。真っ先に学習机の鍵付きの引き出しに手を触れる。家を出る前は確かに鍵をかけていたのに、少し力を入れるだけで簡単に開いた。中には銀行の通帳とカードが入っていたはずだが空っぽで、部屋中どこを探しても見つからなかった。
 まさか、まさかと思い、リビングでくつろぐ母に聞く。
「俺の通帳、知らね?」
「あ、そうそう。圭祐にはあんな大金まだ早いと思ってね、お母さんが――」
 言葉を遮り、怒りに任せてテーブルを叩きつける。本当は母を思い切り殴ってやろうと思っていたが、どうも良心が痛み殴れなかった。
 あまりに大きな音で、離れたところにいた父が大慌てでリビングにやってきた。母は怯えて、身を縮めて震えていた。
「何があったんだ? 圭祐、一体何を……」
 俺は今まで失望するばかりで、親が考えを変えることなどないと思っている。こうやって反抗しても、怒りを露わにしても、それが無駄な労力だと判断していた。そんな労力があるなら働いて将来のために金を稼いだ方がいい。けれども、我慢の限界だった。
「俺の金をどこにやったんだ」
 母がどうやって俺の口座から引き出したかなんて知らないし、知ろうとも思えない。ただ金の在り処を知りたいだけだった。
「あれは、俺がバイトして集めた金で、変な宗教に貢ぐための金じゃねぇんだよ!」
「まだ、まだ引き出してないわ。土曜に圭祐を説得しようと……」
「通帳を返せ」
 見つめているだけだった父がようやく口を開いた。
「落ち着きなさい。虚無の神への侮辱は家族とはいえ許せないものだぞ」
「何が神だ。俺の人生ぐちゃぐちゃにしやがって」
「圭祐!」
 俺は母が恐る恐る出した通帳とカードを奪い取った。しかし、煮えたぎる怒りは収まりそうにない。
 逃げるように自室に戻り、手早く家を出る準備をする。制服も、教科書も、通帳も、スマホも何もかもをリュックに詰め込んで、勢いよく背負う。
 長い間バカみたいに悩んでいた。いくら宗教にのめり込んでいるとはいえ、親は親。育ててくれたことには変わりなく、今だって生活の一部を担ってくれている。両親に悪気はなく、ただ従順で熱心な信者というだけ。それ以外は普通の親だったからこそ、離れる決意ができなかった。
 でも、もう悩む必要はない。俺の両親への信頼はなくなった。親子の関係も終わりだ。
 俺が玄関に行くと、二人が泣きついてきた。
「出ていくのか⁉ 待ってくれ、考え直してくれ」
「ごめんなさい、私が悪かったわ。もう二度とあんなことはしないから……」
 二人がどんな顔をしているのか、どれほど反省しているのか、そんなことに興味はない。俺の中ではもう終わったことで、決まったことだ。これ以上この家にいても宗教二世として洗脳されていくのなら、もういっそのこと出て行ってしまった方がいいだろう。
 ただ、どうしても最後に二人に何か反撃したかった。俺は家を出る直前になって振り返り、涙で顔を歪める二人に言い放った。
「俺は一生あんたらのことを覚えてる。俺が死んでも忘れられないように、子供にも孫にも俺の苦しみを伝えてやる。反面教師にするからな、良い教育になるだろ」
 毎日音読していた経典が最後の最後に役に立った。
 信者の目指すところが「完全に忘れられ虚無になり、真の終わりを迎えること」なのだとしたら、終わりを迎えられないこと以上に恐ろしいものはないだろう。二人の子供の最後の言葉なのだから、一生悩まされるに違いない。胸の燻りは晴れた。
 俺は発言通りのことをするつもりはなかった。苦しい記憶は俺だけに留めて、さっぱり忘れるつもりだ。ざまあみろ。
 俺はようやく、長い地獄の日々を終えることができたのだ。
(了)