【最終回】若桜木虔先生による文学賞指南。「魅力的な主人公の作り方」
引っ込み思案な主人公を書くには「力技」が必要
エンターテインメントは、主人公の活躍が必須で、引っ込み思案な主人公を設定したら、まず失敗する。
活躍しない、引っ込み思案な主人公を設定してビッグ・タイトルの新人賞を射止めようと思ったら、よほどの「力技」を必要とする。
その点で参考になるのが今野敏『警視庁FC』と続編の『カットバック』である。FCは「フィルム・コミッション」の略で、映画撮影に協力する警視庁の1部門だが、主人公の楠木が、何とも情けない。
ただ、これは『隠蔽捜査』シリーズ(全13冊)の続編的なサイド・ストーリーなので、この全部を読む必要がある。『隠蔽捜査』の主人公の竜崎と脇役の戸高という巡査部長はキャラが立っていて、戸高は『警視庁FC』のほうにも顔を出す。
『警視庁FC』の大森署長は、竜崎が神奈川県警の刑事部長に転出した後に赴任してくる美人キャリアで、この辺りも面白い。
エンターテインメントは主人公の活躍が必須
エンターテインメントは、主人公の活躍が必須。引っ込み思案だったり、行動力に難があったり、抜けている主人公で物語を構成するのは絶対に駄目。
その点で、「こういう物語を書いたら、アウト。確実に一次選考で落とされる」という良き(悪しき)見本が堂場瞬一『白いジオラマ』だ。
主人公の新城将は、引き籠もりの無職(通学していない大学生)で、とにかくやる気がなく、人見知りも甚だしい。
それを見かねた祖父の麻生和馬(元刑事で、引退後は小田原市鴨宮で「防犯アドバイザー」を務めている)は、新城将を東京の実家から強引に連れ出して自宅に同居させ、ボランティアの《こども食堂》で働かせるのを手始めに、「二万円やるから、俺のバイトを引き受けろ。独居老人の張り込みだ」などと、あれやこれや無理難題を押し付ける。
無茶振りされた新城将は、仕方なく〈捜査〉もどきの〈調査〉を開始するが、張り込みを命じられた独居老人の女性は行方不明になり、その一方で、暗い表情で《こども食堂》に通っていた中学生の少女も行方不明になる。
この2つの、当初は全くの無関係に見えた事件は1つに収斂していき、その過程で新城将も徐々に成長していって、エンディングでは、ようやく一人前(というか、半人前)になるのだが、こういう『成長物語』は不可。
応募規定枚数オーバーの危険性がある上に、成長に伴う変化を「キャラクターが不統一」と選考委員が見なす可能性が大きい。アマチュアの新人が手を出してはいけない。
そういう「他山の石」とすべき必読書。
基本的に無口な主人公はNG
無口と引っ込み思案では、主人公のキャラクターは立たない。
不可能とまでは言わないが、無口とか引っ込み思案な性格設定では、主人公のキャラクターを立てる(魅力的にする)のは不可能に近い。
私は立場上、新人賞の応募落選作は山ほど読むが、このハードルに引っ掛かって予選落ちする事例が極めて多い。
新人賞は「他の人には思いつかないような物語を書ける新人を発掘する」ことに主眼を置いて選考が行われる。
したがって、似たような登場人物のキャラクター設定の物語は、束にして落とされる。
無口でキャラクターが立っている作品を挙げると、福田和代『キボウのミライ』はIT関係のトラブルを専門に扱うIT探偵事務所という、ちょっと変わった設定(これも新人賞選考では加点材料)だが、二人のIT探偵の片割れのスモモ、こと東條桃花は、途轍もなく無口で、必要なことさえ言わないが、キャラクターが立っている。
福田和代は様々なジャンルを書いている「力業」を発揮できる作家だから、同レベルの作品が書ける自信がなければ、「無口な主人公」にチャレンジする無謀は、やってはいけない。
「引っ込み思案な主人公」を設定して魅力的にするのは喜多喜久が上手い。
『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の『ラブ・ケミストリー』と続編の『猫色ケミストリー』を読んで、やはり同等以上の作品が書ける自信がなければ、手を出してはダメである。
長らくのご愛読ありがとうございました。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。