キャラクターが魅力的なら予選は突破できる
3つのキーポイント
新人賞に応募して予選突破するには、主人公と、主人公を巡る主要登場人物のキャラクターが魅力的でなければならない。
ここさえできていれば、どうということはない平凡な物語でも、予選突破はできる。
キーポイントは①会話の面白さ、②主人公の心理描写の奇抜さ、③主人公の行動の突飛さ――である。
私は、「主要登場人物が知り合う状況で物語をスタートさせるべからず」と口を酸っぱくして注意しているが、理解できるだろう。
初対面同士で「面白い会話」など成立するはずがない。学校の入学式の日に、違う学校の出身者同士の席が隣になって自己紹介し合う設定などは、最悪。
誰が書いても似たような場面にしかならない。つまり、オリジナリティがゼロになる。
主要登場人物の名前のネーミング・センスも、重要。最近は、主要登場人物を平仮名の名前にする設定が目立つ。
私は、これを勧めない。平仮名表記の名前は文中に埋もれてしまい、読みにくい。特に一次選考の下読みを苛立たせる危険が大なので、漢字表記の名前にすべき。
下読み選者の苛立ちは予選落ちと同義語である。
主要登場人物を平仮名の名前にしたければ、新人賞を受賞してプロ作家になってからやれば良い。
あるアマチュアのミステリーを読んだら、主人公の「名探偵」の名前が満賀吉佐だった。「まんがきっさ」である。
これは「お笑い系ミステリー」なら許される。ところが、読めども読めども、笑える台詞も主人公の行動も、出て来ない。
お笑い系ミステリーなら、本にした時の見開きの二ページ(四百字詰め換算で三枚ぐらい)に笑える台詞なり主人公の行動なりが出て来なければならない。
特に一次選考突破の鍵を握る、40×40フォーマットで五枚までは抱腹絶倒であることが求められる。
私は、お笑い系ミステリー志願者には東川篤哉のデビューからの四作品『密室の鍵貸します』『密室に向かって撃て』『完全犯罪に猫は何匹必要か?』『交換殺人には向かない夜』を「読むべし」とアドバイスしている。
東川篤哉は、北川景子と櫻井翔主演の『謎解きはディナーのあとで』で脚光を浴びたが、ミステリーとしての精度は落ちて、その分、「掛け合い台詞」の面白さにウェートを移している。
やはり、お笑い系ミステリーを書こうというアマチュアには、東川篤哉の初期作品は「お手本」となる。
お笑い系でない、真面目系の物語でも、ちっとも面白くない作品には頻繁に出会う。私が読む(読まされる)のは、九割以上が退屈きわまりないアマチュア作品である。
W主人公はNG
なぜ面白くないのかと言えば、主人公および主要登場人物が「生きていない」からだ。
作者が「自分の都合」で、あたかもヘボ将棋の指し手が駒を動かすように支離滅裂に動かしていることに尽きる。
思考も行動も全く一貫していない。
そういうアマチュアに「書き手が主人公や主要登場人物になりきっていない。一体化していない」と指摘しても理解できない。
日本語の言葉としての意味は理解できるが、表面的な理解に留まって、真の意味が把握できない。
果ては「主人公が一人ではキャラ立てが難しいと分かったので、主人公を二人にして、弱点をカバーすることにしました」と言うアマチュアに出会って、唖然として言葉を失った。
これは陸上競技のハイジャンプで「どうしても1メートル80が跳べないので、バーを2メートルに上げることにしました」と言うのに等しい。
W主人公にすれば、主人公が交代する都度、書き手(作者)は別々の登場人物になりきらなければならない。
単独主人公なら、主人公は「作者の分身」であっても構わないが、W主人公となると、そうはいかない。第二の主人公は、第一の主人公とは完全な別人格でなければならない。
W主人公にして二人が似たような性格だったら、仮に新人賞受賞が叶ったとしても、徹底改稿が求められる。
最悪「全没、書き直し」などという事態になりかねない(主要登場人物、物語の背景やストーリー展開は応募作のままで、文章を全面改稿する)。
これも何度も書いていることだが、新人賞受賞が叶ったとして、応募作のまま刊行される、などということは100%ない。
私の生徒では、某ビッグ・タイトル新人賞の受賞者が、応募作に約2000箇所の改稿指示の付箋が貼られたゲラ刷りを渡されて「これだけ直しの少ない、完成度の高い応募作も珍しい」と、編集長から絶賛されたほどである(そういう生徒が二人いる)。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。